海外ビジュアルノベルの現在地とは? 話題作『メディテラネア・インフェルノ』作者EYEGUYSインタビュー

『メディテラネア・インフェルノ』作者EYEGUYSインタビュー

 昨年(2023年11月)にSteamで日本語訳版がリリースされたばかりの『Mediterranea Inferno(メディテラネア・インフェルノ)』というゲームをご存知だろうか。

 本作は2024年、海外でもっとも大きなインディーゲームアワードIGF Awardで3部門ノミネート、海外で高い注目を集めているイタリア産ビジュアルノベルである。「パンデミックを終えたクィアな3人の逃避行」という今日的なストーリー、リアリズムと幻想が分かち難く入り混じっているユニークなムード、アーティスティックなグラフィックとオリジナリティ溢れる音楽に、海外ビジュアルノベルが好きな方も馴染みがない方も、きっと新鮮な驚きを感じられることだろう。

 本作はEYEGUYS(ロレンツォ・レダエリ)氏がほぼ1人で完成させた。EYEGUYS氏はミラノ育ちのマルチディシプリナリー・アーティスト(※さまざまなジャンルを横断して制作する作家)であり、最初のビジュアルノベル『Milky Way Prince(ミルキーウェイ・プリンス)』をリリース後、昨年12月にイタリアの人気ミュージシャンであるThomass Constantinのプロデュースにより、ボーカリスト・ミュージシャンとしてデビュー。2ndシングル「Sorrow of Antigravity」もドロップし、現在はアルバム『Tragicosmic』を製作中である。

 本記事では『Mediterranea Inferno』に関する問答を中心に行った、EYEGUYS氏の最新インタビューをお届けする。約1万字と長尺のインタビューとなったが、氏の作家としての独自性、音楽への想い、イタリアにおけるクィア・マイノリティの生の声や現イタリア政権の現状、そして海外ビジュアルノベルの現在地を肌身に感じていただけるとうれしい。(ラブムー)

『メディテラネア・インフェルノ』で目指したのは「視覚的な作品」

EYEGUYS(ロレンツォ・レダエリ)
EYEGUYS(ロレンツォ・レダエリ)

——さっそく始めさせてください。まずは『メディテラネア・インフェルノ』、IGFアワード、なんと3部門でのノミネート、おめでとうございます! いまの気分はいかがですか?

EYEGUYS:ワォ、ありがとう! 自分の仕事が評価されたことについてはたしかに嬉しいし、誇らしいとも思う。ただ正直なところ、まだあんまり実感湧かないかも……っていうのは、自分は賞の類いとか、作り終わった作品についてはあまり重要視しない性格だからさ。もう先のことを考え始めてる。けどサンフランシスコ(※IGFアワード授賞式会場がある)に着いたら、きっとがらっと変わるだろうね。マジで待ちきれないよ!

——あなたの作品のいちファンとして、大賞受賞を楽しみにしています! さて、このインタビューでは『メディテラネア・インフェルノ』がどのようにして作られたか、そしてあなたの音楽活動についても詳しく伺っていきたいと思います。

 さっそくですが、『メディテラネア・インフェルノ』は、あなたの最初の作品であるビジュアルノベル『ミルキーウェイ・プリンス』から、想像を越えるほどクオリティが上がったことにとても驚かされました。とくにビジュアルとサウンド面でのクオリティアップが顕著ですが、制作環境やあなたの創作方法に何か変化があったのでしょうか?

EYEGUYS:そうだなあ……この新しいプロジェクトは、前作『ミルキーウェイ・プリンス』とはまったく異なる意図から始まったものなんだ。ストーリーテリングに対する映画的アプローチ、イタリア映画の黄金時代のようなものを追求したかったから、グラフィック・ノベルやアニメーション映画に近い、視覚的な作品を作りたかった。今回自分が書こうとした物語には、バロック調の表現が必要だってわかってたからね。それは今作で表現したかった、退廃的、かつ華やかな世界観を強めるためでもあり、そこで起こる悲劇的で凶悪な出来事に対する風刺的アンチテーゼでもあった。

 君の言う「クオリティアップ」については、単に自由に使える時間が増えたってだけだよ! 君も知ってるように、イタリアではロックダウンがかなり長く続いたから、その間、ずっと制作できた。イタリアは高品質の職人芸で知られてるから、このゲーム制作にもより職人的なアプローチを取ったんだ。アセットもすべて自分の手で描いたし、スプライトや背景のオン・オフといったゲームのコーディングはなんだか「ブラッティーニ」(イタリアの人形劇)のショーみたいだけど、実際にはすべてデジタルだし、自分のベッドルームで作ったんだよね。

——なるほど。本作においては自己葛藤、クィア、メンタルヘルス、といった主題は前作から色濃く引き継がれているものもありますが、他者とのつながりやコミュニティなど、現代社会への風刺と問題提起、「孤立からつながりへの変化」が強く意識されているように感じました。パンデミックと精神的孤立に苦しむアンドレア、SNSによって社会的成功を収めたものの、愛する人の恋人になれないルサンチマン(私怨)に苦しむミダ、親への不信と祖父への複雑な感情を持ち続け、現実から目を背けようとするクラウディオ、3人の主人公の内面描写がすごく印象的です。3人のキャラクターはどのように形作られていったのでしょうか?

EYEGUYS:3人のキャラクターの創造はこのプロジェクト全体の中心的要素で、出発点でもあった。『メディテラネア・インフェルノ』のシナリオは、ぼくにとっては、歴史上の正確なモーメントと、この場所における自分の世代のダイナミクスを探求、解体し、理解する旅だったんだ。

 自分が動くための主となる座標軸が必要で、ぼくの考えでは、いまのZ世代を苦しめている3つの主要テーマは「FOMO(※Fear of misssing outの略。疎外への怖れ、不安感)」「歪んだ自己愛」「理解不能なことに対する困惑」で、それらは社会性・権力・アイデンティティの概念と関連してる。各キャラクターはこれらの概念をそれぞれ体現していて、プレイの仕方によって、それらがどのように相互作用し、互いに影響し合えるかがわかる。最終的には、それらは同じコインの裏表で、絡み合い、補完し合うトラウマとして機能して、また、各キャラクターのトリガーとしても作用するという。

 前作『ミルキーウェイ・プリンス』が「理想化」についての物語であったのに対して、『メディテラネア・インフェルノ』は主人公たちの成長を「解体」する物語なんだ。ゲーム冒頭では、彼らは単なる「キャラクター」であり、役割を演じるために存在していて、かなり劇的ではあるけれど、事態が複雑になるにつれ、彼らは「人間」となり、ぼくらは彼らの傷や弱さを探ることができるようになる。恐ろしい存在であるにもかかわらず、彼らに共感することができるようになる——そういうことなんだろうと思う。

『魂のジュリエッタ』(1968)
『魂のジュリエッタ』(1968)

——あなたの創作物はきわめて現代的であると同時に、クラシカルなエレメンツを感じさせるところが、特徴的だと感じています。本作をプレイして、あなたが大きな影響を受けたという幾原邦彦(※『少女革命ウテナ』『輪るピンクドラム』などの監督)のアニメ作品やルキノ・ビスコンティの映画を思い出す人も多いと思います。個人的にはトーマス・マンの小説『魔の山』やフェデリコ・フェリーニの映画『魂のジュリエッタ』といった古典的な作品も想起しました。

 本作に登場するレコード店の店主が「もう現代には新しい表現なんてない、古いものを組み合わせるしかないんだ」と言うシーンがありますよね。Z世代のあなたは、古き良き芸術と現代のポップアートに、物質的な面・精神的な面でどのように折り合っていますか?

EYEGUYS:ああ! 『魂のジュリエッタ』はぼくのフェイバリット・ホラームービーで、1本の映画作品としても大好きなんだ。主人公のトラウマを精神分析的、サイケデリックに表現して、おぞましい要素もミックスしてるところがいいよね。この作品は常に自分のインスピレーションの源のひとつで、ゲームの中にも明確なオマージュがあるよ。

 あと、これはすでに多くのインタビューで語ったことだけど、イタリア人として、歴史と偉大な過去の重みから逃れることは不可能なんだ。ぼくたちは教会、ローマやギリシャの遺跡、アラブのモスクの名残、新古典主義やルネサンスの宮殿なんかに囲まれてる。そのすべてが、成長と希望の可能性をすべて使い果たした「黄金時代」が自分たちの前にあったことを思い出させてくる。ぼくたちは、考古学者や、映画のセットで動いてる俳優みたいな亡霊たちに取り囲まれてるのさ。……なんか悲観的でごめん。

——いえいえ。なんだか主人公の1人、クラウディオと話しているような気分になってきました(笑)。

EYEGUYS:とにかくぼくが言いたいのは、『メディテラネア・インフェルノ』は現在についてのゲームだけど、この面倒で、墓地みたいな過去を抜きにしては現代を語ることはできないってこと。でもぼくたちにできることは、一歩引いて、引用やリファレンスを中心にして、新しい形式や物語を再構築することだと思う。ぼくたち新しい世代は、精神的にはグローバリゼーションの子どもでありながら、現実にある物理的な環境の限界と衝突してるんだ。

——本作ではイタリアでのパンデミックの状況・パンデミックが人々に与えた影響についても描かれます。また、日本では、LGBTQ+やクィアたちへの対応は海外諸国に比べてずいぶん遅れており、クィア・マイノリティにとって「艱難辛苦」と言ってもよい状況にあります。もちろん同性婚もまだ認められていません。本作では主人公の1人であるアンドレアがLGBT法案を否決したイタリア上院を批判するシーンがありますが、あなたの目に映る現在のイタリアにおけるLGBTQ+、コロナ、貧困といった社会的状況・今後の展望について意見を聞かせてください。

EYEGUYS:それは難しい質問だな……ぼくに言えることは、いまは人々が怖れを抱いているときであり、自分たちが持っているわずかなものや特権を失うことを恐れているときだってこと。そして、誰もが怒りを覚えているときでもある。

 常に非難される対象がいる。それはマイノリティで、イタリアではマイノリティのひとつが「若者」なんだ。もちろん例外もあるけど、進歩的で、包括的な感性を持った大部分は若い世代だと思ってる。でも、このほとんどファシズム的な風潮では——これって今日の西洋の大部分だけど——こうした声は聞き入れられず、「(若者の声が)代表されない」ってことを意味する。ジョルジア・メローニ政権が最初に出した法令は、「アンチ・レイヴパーティ政令」だよ。彼らは「集合的状況におけるドラッグの乱用、集団における破壊的な行動から若者を守るため」って宣言したけど、これは単純な父権主義のレトリックさ。この法律は絶対にそういうものじゃないんだよ!

——なるほど。 

EYEGUYS:メローニの政令は、誰でも、年齢に関係なく「集まること」自体を禁止するものであって、その結果、市民が抗議したり、コミュニティを作ったり、意見を聞いたりする権利に最悪の影響を及ぼしてる。ぼくたちの声が届かないことには、ぼくたちは存在しない。だから君の質問に答えるとしたら、マイノリティは政府にとって問題じゃない。マイノリティは発言することができないんだから、政府にとってマイノリティは存在しないも同然なんだよ。ぼくは自分たちの政府が大嫌いだ。

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