海外ビジュアルノベルの現在地とは? 話題作『メディテラネア・インフェルノ』作者EYEGUYSインタビュー

『メディテラネア・インフェルノ』作者EYEGUYSインタビュー

ビジュアルノベルは「インタラクションを通して、複数の真実を提供する」

——ありがとうございます。『メディテラネア・インフェルノ』に戻りますが、ゲームの終盤、友人であるクィアたちとの会話がとても印象的でした。彼女たちの言っていることは、とても誠実に聞こえますし、共感できる発言もたくさんあります。ただ、このシーンと直後の衝撃的なシーンには、クィアであろうとなかろうと、人は「正しくなれない自由」も有しているのだ、というような逆説的なメッセージも個人的に感じました。このシーンはどのような意図で作られたのでしょうか?

EYEGUYS:ぼくがこれまでビデオゲームで示してきたことは、キャラクターの「視点の相対性」を大事にするってことなんだ。このゲームの主人公たちは、ロールモデルとはほど遠い人間だけど、衝突することで、彼らの欠点や現実に対する部分的な視点が、人生や人間の行動に関する興味深い考察を引き出してくれる。3人の主人公は、ホモノーマティビティ(※「同性愛的規範意識」と訳されることが多い)な泡の中で行動していて、彼らの取り越し苦労や精神的な短絡性は、保守的な社会モデルからも来ている。だからこそ、このシーンでそれに対する別のビジョンを提示したかったというのがあるね。

 パトリアーキー(男性優位社会)に代わるものは、シスターフッドであり、クィアネスであり、社会形態の流動だと思ってる。ただ、ぼくにとって重要だったのは、「善悪」という意味では、誇張されたステレオタイプなキャラクターを「作らない」ことだった。だから、たしかに最後のパーティーで会うその3人の友人たちでさえもアンビバレントだよね! 彼女たちもミラノ出身で、いささかスノッブでブルジョア的な側面もあるし。だから彼女たち3人とその問題にも「メディテラネア・インフェルノ」(「地獄・煉獄」の意)があるのかもしれない。

『Milky Way Prince-The Vampire Star』(2020)
『Milky Way Prince-The Vampire Star』(2020)

——前作『ミルキーウェイ・プリンス』では、主人公・ナキが両親の写真の顔を塗りつぶすというオブセッション的なシーンがありました。本作序盤でも類似したシーンがあり、別のシーンでは「イタリアとは『父』の歴史でもある」という台詞も出てきます。あなたにとって「父」「母」はどのような存在でしょうか?

EYEGUYS:正直言って、自分が母、父という概念について語るにはまだ早すぎるように思う。でも、君の質問はすごく興味深いよ。ぼくのゲームでは両親は幽霊みたいな、ファジーな存在として描かれて、その主な「貢献」は、主人公たちにトラウマとその対処法を伝えることだった。ぼくの登場人物たちは、自分が両親の犠牲者であって、両親から最悪のものを受け継ぎ、甘やかされて、血塗られた世界観に歪んだ人生を送ることを宣告されたように感じてる。『メディテラネア・インフェルノ』では、「父」はより広い意味を持っていて、君が言ったように、過去、前世代、そして家父長制の象徴でもある。つまり「トラウマ」っていうのは世代間のトラウマのことで、親の機能不全は前世代の過ちのことでもあり、有害な社会モデルの結果なんだ。

 とにかく、ぼくらは、親の過ちを直すためにここにいるんじゃなくて、親はぼくらの心の中だけの存在であって、ぼくたちにとってのみの存在にすぎない。そういう思想を自分の中で育ててるところ。ぼくらは親を修復することはできないけれど、親に対する自分たちのビジョンを修復することはできるからね。

——『メディテラネア・インフェルノ』のマルチエンディングは前作『ミルキーウェイ・プリンス』よりも増え、次の行き先やミラージュ(※幻想・内面世界を見るための果実)を食べる・食べないといった選択もプレイヤーに委ねられています。こうしたゲームデザインから、あなたが選択肢や分岐、マルチエンディング、周回プレイといった要素に重きを置いており、プレイヤーに能動的にゲームに関わってもらおうという「ゲーム哲学」のようなものを感じました。「ビジュアルノベル」という表現媒体が、あなたにとって映画やアニメともっとも異なる点、 優れた点、困難な点、魅力について教えてください。

EYEGUYS:その質問に対するぼくの答えは、ビジュアルノベルは「インタラクションを通して、複数の真実を提供する」ということになるかな。ユーザーが自分で作った旅を体験できるだけじゃなくて、異なる現実やストーリーを組み合わせることで、より広い意味での「物語」を作ることができる。『ミルキーウェイ・プリンス』は一度きりのプレイを意図して作ったけど、『メディテラネア・インフェルノ』は、最終エンディングまで、あるいはその先までプレイしないと、出来事や登場人物の心理、どうしてああいう行動を取ったのか、あるいは取らなかったのか、あの言動は何だったのか? など、あらゆる面を把握することができない。プレイヤーが「どのキャラクターが一番好きか決めて、そのルートだけをプレイする」ということでもないし。

——最初は好きなキャラで進めようとするかもしれませんね。自分はクラウディオの物語がもっとも気になりましたが、友人はそれぞれミダ、アンドレアに思い入れがあったらしく、彼らだけにミラージュを食べさせようとしていたようです(笑)。

EYEGUYS:最初のうちはそうかもね。けど、ゲームの物語(ナラティブ)がどのように機能しているかを理解した後は、ストーリー自体で遊ぶようになるよ。面白いことに、このゲームはある種のプレイヤーの「サディズム」も許容してると思う。多くのプレイヤーが、「2周目は全キャラクターをこらしめて、どこまでひどい状況になるのか見てみたくなった」って言ってたから。つまりはプレイヤー次第なんだ。その他にも、プレイのペース配分や操作タイミングなど、ビジュアルノベルならではの特徴もたくさんあると思う。

 (ビジュアルノベルにおいて)プレイヤーはゲームのフレーミングを好きなだけ待ったり、長引かせることができて、そのフレーミングのために特定の環境音があり、継続するアニメーションと音楽がある。スキップするために少し待たなきゃならないとか、ダイアログに遅延がプログラムされているとか、いくつか制約を設けたけど、次のフレーミングに進むかどうか決めるのはプレイヤーにまかせてる。そんなふうに「時間」と関わることは、映画やほかのインタラクティブメディアにはできないことだよね。それはたぶん、楽器の演奏に似ているような気がする。

EYEGUYS - Sorrow of Antigravity (Official Video)

——昨年末、あなたがリリースしたばかりの音楽について聞かせてください。あなたの歌声はアレックス・ターナーのような色気があり、メロディはラナ・デル・レイの音楽のようにメランコリックで、サウンドは全盛期のKOMPAKTのようにハードでサイケデリックです。ファースト・シングル「Sorrow of Antigravity」、セカンド・シングル「Tragicosmic」どちらも退廃的で、アンニュイで、エロティックで素晴らしいハイパーポップだと感じました。音楽シーンで大きな注目を集めるポテンシャルを充分に秘めていると思います。もうすぐリリースされるフルアルバムはどういったものになりそうですか?

EYEGUYS:ワーオ、素晴らしい比較をありがとう! 君の感想はマジでめちゃくちゃうれしいし、恐縮だなあ。たしかにこのアルバムとシングルをすごく誇りに思ってる。100%インディーで制作した作品としては、すごく印象的な成果になったと思うよ!

 アルバムは、トリップホップとハイパーホップのミックス、温かくてロマンチックなアナログ感覚——官能的な記憶みたいな——から始まって、歪んだデジタル・ハイテク宇宙、アンビエント、そしてレイヴへと滲んでいくような旅なんだ。

 アルバムタイトルは『Tragicosmic(※Tragicomic「悲喜劇的」とcosmic「宇宙、森羅万象」をかけていると思われる)』で、これは実直な自己批判で、時にどう猛で、幻滅的で、ちょっとだけアイロニックで、基本的にはぼくがこの数年経験した「自己再育成プロセス」の報告なんだ。全10曲、4曲のインストゥルメンタルと6曲の歌が収録される。90年代から2000年代初頭にかけてのトリップホップは、他人のトラックのサンプルを使うのが主流だったけど、ぼくらがやったのは、まるで実際には存在しなかった曲のサンプルを自分たちで制作することだった。これは、ほかの作品で経験した過去と未来のクラッシュ、リミックスといったぼくの内的なビジョンとうまくつながってると思う。

——アルバム、心から楽しみにしています! それでは、『メディテラネア・インフェルノ』に続くビジュアルノベルの次回作はどういったものになりそうですか?

EYEGUYS:実はまだ浮かんでこないんだよね。いまはインスピレーションを得る段階だから、トレーニングや感性を磨くことに集中したり、新しい興味深い人たちにたくさん会って、新しい現実に触れてるところ。最近、また読書を始めたんだよ。グロテスクなホラー小説を書く女性の作品やクィアの作家にハマってて……。

 だからまだ多くを語ることはできないけど、次のプロジェクトでは、現実社会への批判を継承したいし、常に超現実的で、現実の心理を持つ、現実の人たちと関連したものにしたい。ひとつだけ確かなことは、それがどんなものになるにしても、『メディテラネア・インフェルノ』のようにカラフルな作品にはならないっていうことだね。

——それでは最後に。自分は『メディテラネア・インフェルノ』『ミルキーウェイ・プリンス』を翻訳した翻訳者として、また、いち海外ビジュアルノベルファンとして、「海外ビジュアルノベル」というジャンルが新しいフェイズに入っていることを近年ひしひし感じています。あなたがこれまで制作した2本の作品は、「ビジュアルノベル」という表現方法を用いることで、1人きりでもこれほど魅力的で、社会に訴える表現ができるのだと、クィアやマイノリティ、そしてビジュアルノベル作家を目指す孤独なクリエイターに大きな勇気を与えると思います。あなたのような表現をしてみたいという人、そしてあなたのゲームのファンにメッセージをお願いできますか?

EYEGUYS:これはぼくが固く信じてることで、毎日自分自身に言ってることなんだけど、どんな作家もまず正直であるべきだ。自分が知ってることについて語るだけじゃなく、人間としてのあらゆる経験をさらけ出すこと。恥ずかしがらず、ジャッジせずに。そうすれば、エンターテイメントでありながらも、現実社会に何かしら効果を持った作品が作れるようになると思う。

 具体的にビジュアルノベルを使った表現に取り組みたい作家に何か言えることがあるとしたら……各シークエンス(物語中の一連のエピソード)を多層的なものとして捉えることが大事なんじゃないかな。たんなる「劇伴つき対話劇」じゃなくて、視覚性、聴覚性、物語性といった要素が相互に連動すれば、作者としてのアプローチや個性が浮かびあがってくるはず。で、ぼくのファンに向けてか……うぐぅ(damn)……自分は変人(weird)だ。でも、あなたたちはさらに変人(WEIRDER)だよ! 自分は理解されてるんだって、感じさせてくれてありがとう。

『メディテラネア・インフェルノ』(Steam)
https://store.steampowered.com/app/2103680/Mediterranea_Inferno/

© 2023 Santa Ragione / Eyeguys

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