人生を彩った“ナラティブ”が池袋に舞う 『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2023』レポ

『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2023』レポ

 『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2023』が、10月15日に池袋の東京芸術劇場にて開催された。パシフィック フィルハーモニア東京が演奏を行い、和田一樹が指揮者を務めた。また、ゲストアーティストには岸川恭子とKOCHOがクレジット。盤石の布陣によって、「ロマンシング サガ」シリーズの音楽を手掛けてきた伊藤賢治の世界観が表現された。

 なお、本稿では当日の夜公演の模様についてレポートする。

 実に幅広い世代の人々が、会場に足を運んでいた。ある人はシリーズの原点『魔界塔士Sa・Ga』(1989年・ゲームボーイ)からプレイしているかもしれないし、またある人はスマートフォン用ゲームアプリ『ロマンシング サガ リ・ユニバース』(2018年、通称ロマサガRS)から始めたかもしれない。長寿タイトルの歴史を、さまざまなファッションやアクセサリーを身に着けるオーディエンスの姿から感じられた。

 幕開けに『ロマンシング サ・ガ』(1992年)から、「オーバーチュア」と「オープニングタイトル」が演奏される。ゲーム音楽がオーケストラコンサートとして再現されるようになって久しいが、その進歩は加速度的だ。ゲームで鳴っていた音楽が「そのまま」聞こえてくる。もちろん迫力や音圧は間違いなくオーケストラのそれなのだが、音のバランスはテレビ画面から聞こえてきたままなのである。筆者は1階の右側後部座席で聴いていたが、ステージ上から聞こえてくる音に過不足がまったくなかった。初っ端から凄まじいレベルのプロフェッショナルを感じた次第である。会場によっても音の響き方はさまざまなことから、準備の段階で尋常でない綿密さと繊細さが込められていることは想像にかたくない。

撮影=白石達也
撮影=白石達也

 爪弾かれるハープの音色が余韻を残す「オーバーチュア」から、シームレスに「オープニングタイトル」につながったとき、脳内でドーパミンが大量に分泌される感覚を覚えた。

 年の離れたいとこに影響され、小学生のときに初めてプレイした『ロマンシング サ・ガ』。最初はフリーシナリオ(※どのように物語を進めるのかがユーザーに委ねられたシステム)に慣れず、いつの間にか強くなってゆく敵に四苦八苦したが、それでもめげずに続けられたのは音楽を含めた世界観に魅了されたからだ。いまもロマサガRSではイベントクエストやステータス上げのため周回に勤しんでいるが、この日の「オープニングタイトル」ではその原体験を思い出せた。あの日のワクワク感が、すべてが手探りだった冒険が、いまも私を周回(周回だけではないが)へと走らせる。

「オーバーチュア 〜 オープニングタイトル」from ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022

 オーケストラやライブバージョンの醍醐味として、その編成でのアレンジがある。オリジナルの「下水道」は煌びやかなテクノポップ調の楽曲だが、オーケストラで聴くとより多彩な魅力が引き出されていた。テンポの良い4つ打ちはそのままに、ホーンセクションやストリングスが躍動する。さらにはティンパニの一撃が強烈なスパイスとなり、もはや「下水道」とはいかなる施設だったかが記憶のかなたである。

 「アビスゲート」や「四魔貴族バトル」のような楽曲にもそれは言える。なにせ、『ロマンシング サ・ガ3』(1995年)まではスーパーファミコン用ソフトとして発売されていたので、ハードの出力できる音の数に制限があった。それが数十人規模のオーケストラによって表現されるのだから、圧倒されないはずがない。とりわけ「四魔貴族バトル2」の迫力は凄まじく、帰路についてからもこの曲のアレンジが頭から離れなかった。当時はビューネイの「トリニティブラスター」をくらうたびに泣いていたが、すべて良い思い出に変換されてしまった。

 ロマサガRSでビューネイと戦った諸氏も、ぜひ下の動画をご覧いただきたい。

「アビスゲート 〜 四魔貴族バトル メドレー」 from ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022
岸川恭子(撮影=白石達也)
岸川恭子(撮影=白石達也)

 20分間の休憩をはさみ、コンサートは後半戦へ。昨年の『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2022』でも大いに話題を呼んだ、岸川恭子による「熱情の律動(リズム)」が今年も披露された。伸びのある歌声に加え、彼女は全身を使って楽曲を表現する。その力強さたるや、『ロマンシング サガ - ミンストレルソング –』でいうところのホーク。各楽器のソロパートも設けられ、さながらコマンドRPGの戦闘のようだった。

 その後、2024年にリリース予定のシリーズ最新作『サガ エメラルド ビヨンド』から「エメラルド ビヨンド序曲」が披露された。壮大なイメージが脳内をかけめぐる楽曲は、伊藤氏いわく「大河を少し意識した」という。また、本作は完成まで辿り着くのに苦難が多かったようで、なかなかOKを出さないディレクターの河津秋敏に対し、伊藤は「殺意が湧いた」とMCで冗談を飛ばした。

KOCHO(撮影=白石達也)
KOCHO(撮影=白石達也)

 最後のゲストソリスト・KOCHOがステージ上へ姿を現し、「ポドールイ」、「女道化師イゴマール」、「オリアクス-世界を穿ち、時を射る者-」を披露した。ロマサガRS史上最大のサプライズのひとつは、「ポドールイ」(オリジナルは『ロマンシング サ・ガ3』)のクリスマスアレンジの実装だと言って差し支えないだろう。原曲のインストに透明感のある歌声を吹き込んだのが、このKOCHOだ。

 ロマサガRSの2.5周年企画として、大ボス・イゴマールとの戦闘が実装された。そのときのタイトル画面のBGMが「女道化師イゴマール」で、最終形態と戦うときに流れるのが「オリアクス-世界を穿ち、時を射る者-」である。どちらもゲーム音楽の時点で荘厳かつ蠱惑的な響きを持った楽曲だが、オーケストラエディションではもう圧巻だった。

 スーパーファミコンと比べると、スマートフォンから出力されるサウンドは解像度が高い。けれども、オーケストラのライブで聴くとやはり格別な趣をもって感じられる。「女道化師イゴマール」はより緩急が鋭く、「オリアクス-世界を穿ち、時を射る者-」はさらなる絶望感をもって聞こえた。

伊藤賢治(撮影=白石達也)
伊藤賢治(撮影=白石達也)

 本編の最後には、伊藤をピアニストに迎え「再生の絆~Re;univerSe~」を披露。ストリングスとピアノが美しくせめぎ合うこの曲は、御大が直々に手を加えることでさらにパワーアップしていた。

 そしてアンコール。盤石な布陣でもって「最終決戦! -ラストバトルメドレー」が演奏された。何度も負けたサルーイン戦、意外と頑張れた七英雄戦、字面だけでトラウマレベルの恐怖を感じる破壊するもの戦…。文字通りロマサガ1〜3の最終決戦が、頭の中でよみがえる。「フェイタルミラー」を初めてくらったときのことを思い出すと、いまでも心拍数が上がってしまう。

 そういった修羅の道、もとい、思い出がありありと浮かんでくるではないか。

 さらに最後、ロマサガ3から「エンドタイトル」が演奏される。ひとことで今回のオーケストラコンサートを総括するならば、「ゲーム」そのものだった。音楽を起点としながら、これまでの「サガ」シリーズでわれわれユーザーが体験してきたナラティブが、そこにはあった。大げさに聞こえるかもしれないが、リマスター版も含めれば、実際に同シリーズはほとんど絶え間なくわれわれの人生を彩ってくれているのである。

 これまでに発売されたすべての作品をプレイできているわけではないが、筆者も折に触れて、「サガ」シリーズに励まされて生きてきた。破壊するもののようなスパルタじみた戦闘も、私を構成する大切な要素である。

 そういった諸々が、最後に「エンドタイトル」によって昇華され、池袋の空に舞った。劇場を出たあと、胸にあった充足はまさしく、ゲームをクリアしたときのそれだった。

撮影=白石達也
撮影=白石達也

© SQUARE ENIX

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