銀座の特異点で“反対の音”を聴くーーGroup・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹と考える「〈非人間/人間〉のための空間」

『Tuning for Sanctuaries』

展示で用いられた「生態系を“調律する”ための2つの手法」

ーー今回の『Tuning for Sanctuaries』では、そうした生態系を“調律する”方法として2つの手法が用意されているかと思います。こちらはどういったものなのでしょう?

土井:まず1つ目の手法は、銀座駅地下コンコースの「サウンドスケープ(音の風景)」をスペクトル解析するというもので、その解析結果「ソノグラム」を反転させることで反対の音を作り出すというアプローチです。

 反対の音というと「ノイズキャンセリング」のようなものをイメージされるかと思うのですが、手法としては異なっています。ノイズキャンセリングというのは、鳴った音に対して逆位相の音を鳴らして、周りの音を打ち消すことが狙いですよね。

 ですが、このソノグラムを活用する場合は周波数別に「音が鳴っているかどうか」「その強さ」を基準に反転しているんです。

ソノグラムの例(左)と、それをポジネガ反転させたソノグラムの例(右)

 もうひとつの手法は、ニューラルネットワークを用いて「反対の音」を作るという方法です。まず事前に世界中の様々なサウンドスケープを学習させて、音の地図をニューラルネットワークの潜在空間に生成させます。そのうえで、学習したニューラルネットに銀座の音を聴かせて「これは生成された音の地図のどこに位置するか」を計算します。そして、ある座標軸を基準として音の地図の中から反対の音を見つけて出力するという流れです。

 ソノグラムを用いた手法が、純粋に数学的な反転であるのにたいして、ニューラルネットワークを用いた手法は音を一度ニューラルネットによって抽象化(潜在空間に埋め込む)した後に反転させているので、すごく大雑把にいうと、前者が意味の存在しない世界での反転で、後者は意味の存在する世界での反転と言えるかもしれません。

ニューラルネットワークによる音の生成方法ダイアグラム

ーーソノグラムの手法に関しては、先ほどの「熱帯雨林における分布図」のたとえが近いでしょうか? 音が鳴っていない場所には音が鳴り、逆に鳴っている場所では音を発さないと。

土井:そうです。たとえばこの銀座の例でいうと、高い音はあまり出ていなくて低い音がすこし強め。それを反転させると高い音が思いっきり強く出ると。理論的には、綺麗に重ねると「ザーッ」という音が鳴りますね。

コンコースに設置された無線マイク
コンコースに設置された無線マイク

ーー「都市の中の神社」という表現は、ある種都市部にあまり存在しないものであるとも言えるんですね。ざわめきや雑踏の裏側にある静けさが表されていると。今のこの音はどこで拾っているんですか?

土井:これはコンコースの看板のところから拾っていて、シンプルに無線マイクで持ってきて、素直に撮ったものをそのままソフトウェアに落とし込んでいます。

 ちなみに、ソノグラムを用いて反転させた際に劇的に変わる音とそうでもない音があって、例えば人の声は反転させてもあまり大きな違いがでないのですが、逆に、車のエンジン音などは、反転すると大きく変わって聞こえます。

 僕らの聴覚は人の声にはよく反応して、車の音などはバックグラウンドノイズとして無視してしまうということがありますが、ソノグラムを使った手法はそういう認知的なフィルターを通っていない、あくまでも、周波数の領域で捉えているので、予想とは少し違った変わり方になりました。

ーー「人間の聴こえ方」という基準ではなく、“環境という基準”でどう音が鳴っているか、というわけですね。ちなみに、展示の制作にあたって井上さんと土井さんの間ではどのようなやり取りをおこなって作っていったのでしょうか?

井上:今回の展示は第一部と第二部で分かれていまして、第一部はまさに今土井さんがお話していたような「都市のつくる音の反対の音」が流れる空間で、音を聴くための空間なので劇場型のタイポロジーを採用しています。劇場や学校に近いような、机とモニターがあって、それを見るというもの。

 第二部についてはこの後、土井さんから解説していただきますが、音を介して植物とのコミュニケーションを試みる、ということを行おうとしています。そこではお客さんがコーヒーを飲める座席が植物と植物の間に用意されている感じになっています。それぞれの部で、ここに入ってきたときの印象が変わるといいなと思っていて、やはり音に関しても都市的なアプローチと、自然からのアプローチとで、がらりとやっていることが変わっているので、明確に空間の在り方も変えようと思っていました。

土井:先ほどの万博の話と繋がる部分でいえば、この第二部のほうが強く結びついていて、第一部の「反対の音」に関してはむしろスピンオフ的な要素だったりもします(笑)。

 第二部の「植物とのコミュニケーション」関していえば、それこそ展示というよりは実証実験的な要素を多分に含んでいる形になります。なので、もろもろ解析をちゃんとしなくてはいけなくて、それをこの場を借りておこなっている状態です。

 それから、第一部の話に戻ってしまうのですが、「反対の音」に関して新しい気づきがあって、いまはコンコースの音を拾うのにモノラルマイクを使っていまして、出力の際は4チャンネルあるスピーカーから波を描くようにランダムに鳴らしているんですね。ですが、その動かし方が心地よいとおっしゃる方が多くて、もしそちらが肝であるならば、「それを反対にしなくてはいけないのでは?」と(笑)。

 実は周波数の方はどうでもよくて、音の運動のほうこそ肝になってくるのであれば、「ある音の運動の、反対」っていうなかなかややこしそうな世界に入りつつもあって、どうすればいいだろうかと思案している最中だったりします。ただ、考えてみれば音って別に常にポリリズムで動いているわけではなくて、周波数ごとに違う運動をしているはずなんですよね。研究するとなれば大変そうですが、そういう面での「反対」にアプローチしていくのも非常に面白そうだなと考えています。

ーーなるほど(笑)。けれど、確かに重要そうなポイントですね。たとえばこうして4つのスピーカーが用意されているのに、1種類の音しか出力できないことで、そこの制約に絡め取られかねない。

土井:そうそう、そうなんです。人工生命研究のルーツのひとつにカオスという数学の研究ジャンルがありますが、そこでは「複雑さ」をどのように定義していくか、ということが重要なテーマのひとつでした。

 パン・パン・パンと手拍子を鳴らせば「ピリオディック」と定義できます。パン・パ・パン・パ・パンと鳴らせばそれがちょっと複雑になったとわかる。その先のランダムすぎる状態と、ピリオディックな状態の中間に「class 4」と呼ばれる中間があったりします。もしかすると都市の音と森の音の違いというのは、周波数的な音の見方よりは、「音の運動」にフォーカスしたほうが綺麗に分類ができるのかもしれないです。

 と、このようにして、反対の音ということを考えるには、“何かしらの軸への落とし込み”が必要で。複雑さの研究というのは長い歴史があるので、音の運動の観点から反対の音を作るという課題も、すごく先にある課題という訳でも無い気はしています。

Alternative Machine・土井樹

 

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