銀座の特異点で“反対の音”を聴くーーGroup・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹と考える「〈非人間/人間〉のための空間」

『Tuning for Sanctuaries』

「(開発のために土地を)更地にするのではなく、どうすれば継続的に人間と自然が共存していけるのか」

ーー取り組みについての具体的な話も伺っていきたいのですが、今回のSony Park Miniでの取り組み『Tuning for Sanctuaries』は「〈非人間のための空間〉と〈人間のための空間〉は共存しうるのか」をテーマとした展示を行っています。具体的には「今年竣工する住宅では動物や植物のための『音の庭』を作り、関西万博では会場となる夢洲の自然をそのまま残した庭を作る」というものです。このコンセプトが生まれた背景について教えてください。

井上:スタートとして、2025年に『大阪・関西万博』がおこなわれる大阪の「夢洲」という島がありまして、そこは再開発のために造成された場所だったんです。ですが、財政的な理由もありその開発が止まってしまっていまして。

 その後、そこは結構希少な生き物、鳥類動物たち、植物が生態系を育む場所になっていて。その夢洲が今回の万博開催や大阪IR(リゾート開発計画)によって更地にされてしまい、あらためて開発の場所になってしまったということに対して、建築設計に携わる立場から「なにかできないか」と考えたんです。

 それはきっとAlternative Machineも同じようなことを考えていたんじゃないかと思うんですが、もともと埋立地って人工的なものじゃないですか。その人工的に生まれた土地に、貴重な生き物たちの生態系が育まれるということ自体がまず面白い現象だと思っていて。

 そこで、そもそもこういった万博のたびに更地にするのではなく、どうすれば継続的に人間と自然が共存していけるのか、というところを議論していたんです。そうした前段もあって、今回の展示のコンセプトになりました。

Group・井上 岳

土井:井上さんもおっしゃられているように、我々Alternative Machineも以前から「音を使った生態系への介入」というテーマに取り組んでいたことがあるんですよ。

 幕張にある「見浜園」という日本庭園で、「生態系へのジャック展」という展示に僕らも参加しまして。「音のニッチ仮説(The Acoustic Niche Hypothesis)」という理論を基に我々が制作した『ANH-01』という装置を利用したものです。

 もともと「ニッチ」というのは生態学の専門用語で、ひらたく言えば動物の棲み分けを示す言葉なんですね。似た動物が同じ場所に生息すると、お互いに餌を取り合ってしまうけれど、場所を棲み分ければそれを避けられるというものです。

 それに音の方面からアプローチしたのが、生体音響学者のバーニー・クラウスが提唱した「音のニッチ仮説」で。たとえばある鳥が求愛行動をする際に出す音と、他の鳥の鳴き声の周波数帯域が被ってしまうと、混線してしまってうまくいかない。なので、そこを棲み分けると。これは熱帯雨林のような環境ではより顕著で、低い音で鳴くカエルがいれば、高い鳴き声をあげる鳥がいたり、高低に限らず、時間帯によって棲み分けたりしているんですね。結局、熱帯雨林の音に関する分布を見てみると、低いところから高いところまで全部埋まっているような状況だったりするわけです。

 翻って、我々の住まう都市部の分布を見てみると、ものすごくデコボコだったりするんです。そこに対して、我々の制作した『ANH-01』のような装置を配置してあげると。そういうこともしています。

〈参考:サウンドスケープ生成装置の最新バージョン「ANH-01」を『生態系へのジャックイン展』で初公開

 Alternative Machineの掲げる「人工生命」というテーマだけだと、ひとつの完成された個体を生み出すようなものをイメージされがちなんですが、こうした生態系へのアプローチというのもすごく重要なテーマなんです。

Alternative Machine・土井樹

ーーたしかに「テクノロジー」と「ネイチャー」というと、一見すれば相反した要素にも見えるかと思います。そのテーマへと至った理由について、もう少し詳しくお伺いさせてください。

土井:そうですね。「オープンエンドな進化(Open Ended Evolution)」という言葉を聞いたことがおありでしょうか?

 大抵、コンピューター上で進化のシミュレーションをおこなうと、大体ある程度のところで収束して落ち着いてしまうんです。一方で、自然の生態系はそうではないですよね。そうした際限なく進化していく状態を「オープンエンド」と呼称するのですが、これをいかにして人工的に作り出すか、というのが非常に重要なテーマなんです。

 で、同じ研究をしている方々もやはりそこに行き着く方が多いんですね。僕らとしては、既存の生態系にどのようにして介入していくか、そして介入したことで、たとえば死にかけている生態系をエンハンス(強化・補強)することができたのならば、それは非常に興味深い結果だと考えています。

 こちらもやはり事例がありまして、Nature communication誌に投稿された論文で、珊瑚礁が死滅した結果、その海域に住んでいた魚がいなくなってしまったということがあったと。そこで、かつて珊瑚礁が生きていたころの海中の音を水中スピーカーで流したところ、魚が戻ってきたうえ、種数まで増えたということがあったそうなんです。その結果をもとに、その海域を回復させよう、というプロジェクトが立ち上がったと。

 もちろん、うまくやらないと変貌“させてしまう”というのもあるんですが、「音」によるアプローチで環境を回復させるというのは、テーマとしても非常に面白いですよね。

ーーなるほど。そうした取り組みが今回の夢洲での事例にも繋がってくるわけですね。

土井:そうです。今回のプロジェクトにあたって、我々の側から提示したアプローチがまさにいまお話したようなやり方で、一度更地になってしまった夢洲という場所をどのようにして以前の環境に戻してあげるか。それには例えば「音のニッチ理論」や今回ここで行っている実験をベースとしたものを活用出来るのではないかということなんです。

 夢洲の生態系、その誕生には何十年という歳月がかかっているわけですが、それを戻そうとすればまた同じだけの期間がかかるのが自然なことです。けれど、それを現代のコンピューターやテクノロジーの力によって数ヶ月という単位で加速度的に復元できる手段があるのではないかと。

Alternative Machine・土井樹、Group・井上 岳

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる