銀座の特異点で“反対の音”を聴くーーGroup・井上 岳 × Alternative Machine・土井樹と考える「〈非人間/人間〉のための空間」
「〈非人間のための空間〉と〈人間のための空間〉は共存しうるのか」。
このお題に挑んでいるのが、建築コレクティブのGroupと研究者集団のAlternative Machineだ。現在彼らは「動植物と人間が共存可能な環境」に関するリサーチを行なっており、今年竣工する住宅では動物や植物のための「音の庭」を、また2025年に開催される大阪・関西万博では会場となる夢洲の自然をそのまま残した庭をつくるという、壮大な道筋が建てられている。
ソニービル跡地に2024年完成を目指す新・Ginza Sony Parkのための実験の場として、東京・銀座にあるSony Park Miniでは、そこへ向かうマイルストーンの過程に位置付けられた実験的取り組みとして、『Tuning for Sanctuaries』という展示を行っている。空間の外にある音をリアルタイムに収音し、ソノグラムやニューラルネットワークを使用して音を変換&反対の音を生成し、施設内のスピーカーから出力するといった取り組みは、どのようにして行われたのか。Groupの井上 岳氏とAlternative Machineの土井 樹氏による解説から、その一端が伝われば幸甚だ。
ーーまずは大枠の質問からしたいのですが……なぜGroupは異分野の作家や企業とのコラボレーションを積極的に行なっているんでしょうか?
井上岳(以下、井上):建築という分野での「新しさ」を大切にしたかったんです。今でこそ建築物をつくるとき、建築家の方に依頼するのは当たり前になりましたが、源流を辿っていくと、もう少しアートや音楽といった芸術分野の人びとが携わっていた時期がありました。例えば、ルネサンス期のような様式美の時代、ミケランジェロが彫刻や画家としての活動だけでなく、建築物を手がけていたように、「建物をつくる」という行為は様々な分野を横断した文化でもあったと思うんです。
それが、現代ではどんどん専門化してきて、デザイナーがいて、構造や設備、音響の専門化がいてと、それぞれのやることが細分化されていますよね。けれど、今回せっかく設計として携わらせていただくにあたって、今まであまり関わりのなかった分野の方々と一緒につくり上げていけば、自分でも驚くような楽しいものが産み出せるんじゃないか。そう考えて、積極的にいろんな方々と設計をしようと取り組んでいます。
ーーGroupは毎回のプロジェクトごとに、その土地や建物にまつわる文脈を丁寧に拾い上げていて、さらにそこへ新しい文脈を足して、ひとつのアートとして昇華していますよね。カルチャーメディアのいち編集者として、その点は非常に興味深く拝見していました。
井上:ありがとうございます。ある種、建築の仕事は編集と共通する部分を感じますね。たとえば一つの家を設計するにしても、その過程でさまざまな人、立場から意見が挙がってきます。
たとえば、ある夫婦の自宅を設計するにあたって、最初は旦那さんの要望を聞いていたところに、途中で奥さんからのリクエストが入ってきて「キッチンはこうしてほしい」と言われたり、あるいは工務店から「これじゃできないよ」と言われたり……そんないろんな意見に対応していたら、最後に旦那さんのお父さんが風水の話をしてきたりとか(笑)。
そういった様々な要素をどのように取捨選択するか、というのは建築の仕事としてやらないといけないと思っていて、そこは編集の仕事と近いものがあるんじゃないでしょうか。
ーー続いて土井さんの活動についてもお伺いしたいのですが、「Alternative Machine」は人工生命研究をベースに、生命的な新しいテクノロジーのあり方を探求し続けていますが、『ICC アニュアル 2022』の無響室展示「《The View from Nowhere》」のように、“音”にフォーカスを当てた展示・企画も行っています。音に対してのこだわり・ルーツのようなものがあるのでしょうか。
土井樹(以下、土井):僕は「Alternative Machine」では主にアート周りのディレクションを担当することが多いのですが、僕自身が音に関わる仕事をしているというのも、ひとつの理由としてあるとおもいます。
動機の部分をもう少し詳しくお話すると、アートの文脈でいうと視覚的な芸術というのは音に比べてかなり掘り下げがおこなわれていると思います。「視覚」というものを“どうメタに考えるか”というアプローチでさえ、掘り下げられていると感じています。一方で音に関しては、サウンド・アートの歴史はもちろんありつつ「もう少し掘り下げられるのでは」という感覚が常々ありました。
それから、僕自身の感覚になってしまうんですが……入ってきやすさの部分でいえば、視覚の方がパッと来る気はしますが、音はもっと記憶にアクセスしやすいと思っています。
ーー繰り返し聴いていたお気に入りの曲を聴いて記憶や思い出が蘇る、みたいなことでしょうか?
土井:そうです。あと、例えば「思い出せるんだけど、その記憶が具体的にいつの記憶だったかまでは思い出せない」という現象を経験したことはないですか? そういう現象を視覚で経験したことが僕はあまりなくて。
ーーたしかに、曲のリリース時期や思い出した記憶を頼りに間接的に思い出すことはあっても、写真のように「これはあの旅行のときの集合写真だね」といったような思い出し方をすることはあまりないかもしれません。
土井:それがすごく面白いと思っていて。ただ「これが記憶であることは確か」というのだけがあるという。音楽や聴覚のそういった特性が、ひとつのメディアとして捉えたときに非常に面白いな、といつも感じています。
それから、「人を驚かせる」という時には聴覚に訴えかけるほうがより効果的だとも感じていて。視覚的な情報には「わかりやすさ」という利点はありつつ、音の場合は予期せぬ情報を人に与えることができる、意識に上る前の無意識の部分にアクセスしやすいと思います。最初の話に戻るようですが、そういった意味でまだ我々が「体験したことないもの」が存在しているのって、 “音”の分野かもしれないな、と。
Alternative Machineは「心の拡張」というようなことも常々テーマとして考えていまして、そのようなことを実践するには、聴覚や触覚について考えるのが近道かもしれないなとは思っています。
ーーなるほど。そういう意味では、今回のGroupとAlternative Machineのコラボレーションはお互いの取り組みが綺麗に合致して、補完しあえるものになっているんですね。今回の事例以前からも交流はあったんでしょうか?
土井:実際にコラボレーションして取り組むのは今回が初めてになりますね。ただ、以前から交流自体はありました。これからおこなわれる、2025年『大阪・関西万博』のディスカッションでご一緒したのが、取り組みという意味では初めてですね。
井上:本当の初対面という意味でいえば、Groupで制作した「ノーツ」という雑誌でインタビューをさせていただいたときです。雑誌のコンセプトとしては、一つのテーマを決めて様々なジャンルの方々にインタビューをしていき、そこに僕たちが「建築視点からの註釈」を加えていく、というものでして。第一号のテーマとして「庭」を取り上げた際に、土井さんにも取材をさせていただきました。
ーーということは、井上さんはその取材以前から土井さんのことはご存知だったんですよね。その時はどのような印象をお持ちでしたか?
井上:もともと、目白にある「TALION GALLERY」というギャラリーでの展示を拝見していたんです。「人工生命の研究」と「アートの活動」を並行しておこなわれて、それが僕たちGroupの「建築を研究のテーマとして模索しながら、施工などの実践もする」という活動の在り方と似ている部分があるな、と感じていて。アウトプットの形式を幅広く持っていらっしゃるのが良いなと思っていました。
土井:僕の目からは、自分の主張をガンガン言うタイプではないんだけれど、かといって主張が全く無いわけでもなく……いい塩梅で主張を入れてくれながら、受け入れてくれる人だなと感じましたね。
あと、Groupは建築チームだけれど、あまり建築チームっぽくないな、という印象がありました。良い意味で“完成形が定義されていない”と感じていたんです。それこそ文脈を踏まえて、新たな提示をしていくときに、建築の技術や哲学の部分を応用しているような気がして面白いなと思っていました。