『ゲームの歴史』炎上騒動から考える、「本当に読むべきゲーム史に関する本」(洋書編)

 前回は日本のゲーム史の話だったので、今回は欧米の文脈を紹介したい。洋書は言語や入手難度の点で物理・心理両面のハードルが高くなるため、電子版が入手可能なものや、カタログのようにビジュアル要素の強いものにくわえ、データベースなども含めている。以下、和書と同様に「全史」「部分史」「史観」「カタログ」に分けてみていこう。

『ゲームの歴史』炎上騒動から考える、「本当に読むべきゲーム史に関する本」

騒動の経緯とそこから見えてきたこと  昨年11月に講談社から刊行された『ゲームの歴史』(岩崎夏海・稲田豊史著 全3巻)が、販売…

※本稿では表紙やパッケージの画像のみ掲載しているが、中身についても一部はAmazon.comや出版社のサイトなどで確認できる。また本稿の執筆にあたっては、筆者も現在参加しているInternational history of videogamesのプロジェクトリーダーで、北米でもっとも信頼性が高いPCエンジンの解説書のひとつである『The Media Snatcher』(2019年発売)の著者、Carl Therrienから助言を得た。

1. 国ごとにことなる「ゲーム史」

 まず「全史」にあたるものだが、各国でその内容はことなる。

 たとえば米国の場合、良書として筆者とCarlの意見が一致したのが『Replay: The History of Video Games』(2010年発売)だ。本書は著名なゲームジャーナリスト・Tristan Donovan氏によって書かれた米国のゲーム史で、前回紹介した『現代ゲーム全史』と同様に、文化・社会的な側面をあつかっている。2010年刊行とやや古いものの、日本の文献ではまず登場しないような北米のローカルな事情にはじまり、徐々に日本や(オンラインゲームにおける)韓国の影響が増していくさまを細かく時代ごとに区切って記述しているので、日本のゲーム史とつきあわせながら読むと、日米での受容のちがいが垣間見えて面白い。

 『Digital Play: The Interaction of Technology, Culture, and Marketing』(2003年発売)も古典的な一冊で、時代が古いぶん1960年代から2000年前後までの記述が厚い。とくに、初期のレトロゲームに関心がある層におすすめの書籍だ。

 一方ドイツについては、ベルリンにあるコンピュータゲーム博物館「Computerspielemuseum」の図録『Gameskultur in Deutschland 20 Meilensteine』(2017年発売)が参考になる。館内のみの販売のためやや入手が難しい(※1)が、ドイツ製ゲームと同国内におけるトレンドの変遷を豊富な図版と詳細な解説によって一望できる本書は資料価値が非常に高い。実際に遊べるゲームや80年代のゲーム部屋を再現した展示など、博物館自体も見どころが多いので、ベルリン旅行のさいに足を伸ばしてみる価値はある。

 またCarlからの情報で知ったのだが、『Video Games Around the World』(2015年発売)は、世界全体のゲーム史を概観するのによさそうだ。『The Video Game Theory Reader』(2003年発売)の編集を手がけるなど、10年以上にわたってゲーム研究に携わってきたMark J. P. Wolfの編集のもと、多数の寄稿者の手によって文字どおり世界各地のゲーム産業と文化の歴史が俎上に載せられている。刊行年も比較的新しく、700ページ超の大著ながら価格は40ドル程度と手頃なので、一冊でできるだけ広い範囲をカバーしたい場合には有力な候補だ。

(※1)目次はこちらから確認できる。
https://www.computerspielemuseum.de/mediabase/pdf/1265.pdf

2. 欧米版「部分史」は"欧米から見た日本のゲーム"史?

 ジャンル史や企業史などに分類される「部分史」についても、前回同様多岐にわたる。

 たとえばハードにおいては、冒頭であげたCarlの『The Media Snatcher』は出色の出来だ。「PCエンジン」と同機の北米版にあたる「TurboGrafx-16」双方とその派生系、さらにはデジタルコミックまで含む(現地における)記念碑的なタイトルの数々を歴史学的見地から再検討する本書が、北米におけるゲームの歴史記述の基準ラインを押し上げたことは間違いない。

 ジャンル史の方もさまざまなアプローチが試みられている。たとえばRPGについては、ずばり『RPGの歴史』(原題:『L’histoire du RPG: Passés, présents et futurs』、2014年発売)という本がある。ここでは最近映画化もされた『ダンジョンズ&ドラゴンズ』のようなTRPGの時代から、40年(刊行当時)の時間のなかでRPGというジャンルがどのように変容してきたかについて、フランス人から見た歴史が綴られている。

 格闘ゲームの歴史なら、『Round 1 Fight: Die Beat 'Em Up Story』(2015年発売)がいいだろう。本書もまた70年代から2010年代までの40年間にわたる同ジャンルの歴史を描いているが、とりわけ80年代以降になると『ストリートファイターII』や『鉄拳』など、日本のゲームがしばしば登場する。それらと同年代や同グループとされている、欧米のゲームに手を出すきっかけにもなりそうだ。本書はアーケードから家庭用ゲーム機、eスポーツ、さらには『M.U.G.E.N』のような制作ツールまでカバーしているので、この分野の代表的な作品はひととおり押さえられるだろう。

3. 歴史の重みを問う「史観」的ゲーム史

 このように国内のゲーム史をみただけではわからない、より広い文脈での日本のゲームの位置づけを知ることも、作品への理解を深めることにつながる。とはいえ、やはり言語や入手のハードルの高さは如何ともしがたい(最初の一歩さえ越えれば、あとは意外と抵抗がなくなるのだが)。

 そんな方でも手に取りやすいのが『1001 Video Games You Must Play before You Die』(2010年発売)だ。本書は本稿の区分で言えば「史観」タイプ(のカタログ)になる。といっても個人的なものではなく、じつに36名にもおよぶゲーム雑誌のジャーナリストや編集者たちが、「絶対にプレイすべき」1000本超のゲームを詳細な推薦文とともに年代順に列挙している。1,000ページ近いヘビー級(実際、その重量もかなり重い)だが、大半のページに図版が差し込まれているのと、日本のゲームも多数含むPC・家庭用・アーケード・モバイル全領域の作品がとりあげられているため、眺めているだけでゲーム業界の人間たちがどの作品のどこを評価してきたかがわかる。そしてなんと、本書には日本語版も存在する(『死ぬまでにやりたいゲーム1001』2011年発売)。Kindle版の原書(4.5ドル)とくらべると価格が十数倍ちがうが、なにぶん長編のため楽に読むならこちらも選択肢の一つだ。

 もう一冊、やや毛色のことなるものを紹介しておきたい。『Gaming the Iron Curtain: How Teenagers and Amateurs in Communist Czechoslovakia Claimed the Medium of Computer Games』(2018年発売)という、共産主義体制下のチェコにおけるゲーム事情について書かれた本だ。ここではゲームが検閲の網を逃れ、プログラマーたちによってある種の抵抗運動に使われていたという読みが提示されている。かつての韓国や昨今の中国におけるゲーム制作への規制強化について考えるうえでも、本書は示唆に富んだ補助線になるだろう。

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