『ゲームの歴史』炎上騒動から考える、「本当に読むべきゲーム史に関する本」(洋書編)
4. マニアによる、マニアのための「カタログ」
「カタログ」として前回紹介した『家庭用ゲーム機コンプリートガイド』と『携帯型ゲーム機コンプリートガイド』は、フランス語に翻訳されている(『Guides des consoles de jeux vidéo と Guide des consoles portables』、いずれも2015年発売)。
後者については、編者のフロラン(彼は『Nintendo DREAM』の「パリ発任天堂レポート」にも寄稿しているので、そちらでご存じの方もいるかもしれない)と会ったさいにプレゼントしていただいたのだが、サイズがA4版とオリジナルの1.5倍ほどになっており、さらにハードカバーで製本されていることからも本気度がうかがえる。文字の大きさやページ数はほぼ変わらないのにこれだけサイズがちがうのは、単なる翻訳にとどまらずフランス語版独自の情報が盛り込まれているからだ。日本未発売のハードが載っていることはもちろん、ゲームボーイなど各国で発売されたハードについても、日本版とフランス版のフライヤーを並べて掲載するなど“見る楽しみ”が増している。
本書を刊行している「Omaké Books」の社名は日本語からつけられたもので、フロランはその中心人物だ。彼をはじめとする日本語に堪能なスタッフたちが、まず日本国内の情報を十分に咀嚼し、自前のネットワークから得たフランス語圏の情報を付加することで、同社の出版物は翻訳書であってもしばしばオリジナル版を凌駕する情報量をもっている。
ゲーム系の書籍においてフランスを代表する出版社である「Pix’n Love」にも同様のことが言える。同社もまた日本のコンソールやゲーム会社、人気シリーズなどについての歴史本を刊行しており、たとえば「La Bible」シリーズは、各ハードの全ソフトを紹介するカタログとして定評がある。
筆者はパリのレトロゲームショップで『La Bible Nintendo Entertainment System / Famicom』(2015年発売)を見かけて購入したのだが、本書もやはり日本の書籍(『ファミコンプリート』など)を参照しつつ、フランス語版や英語版などの海外タイトルまで網羅したものになっている。さらに巻末にはコレクター向けに所持タイトルのチェックリストがつけられるなど、随所に“マニアによる、マニアのための配慮”も見られる(ご丁寧に箱説の有無まで分かれている)。
ちなみに筆者が購入したのは限定版だったらしく、パッケージが通常版とことなるほか、『Trivias Booklet』という50ページほどの小冊子がセットになっていた。そちらでは本編で触れられなかったバーチャルコンソールや、その後のハードに見られるファミコン要素(ファミコンカラーのゲームボーイアドバンスなど)の紹介、ファミコン終焉時の裏話などが語られており、本体と合わせてまさに一つのハードの始まりから終わりまでを網羅した一冊となっている。
同シリーズはほかにもさまざまなハードのバージョンがあるが、Carlも自著の執筆時に『La Bible PC-Engine』(2017年発売、2巻本)を参照したと話しており、英語圏の書籍に見られた誤りを訂正するのに役立ったそうなので、やはりファクトチェックには力が入れられているようだ。
上記からもわかるように、この手の書籍はしばしば日本語文献を参照している。引用元のオリジナル版と見くらべれば、多少言語の壁があっても新たな発見があるにちがいない。
5. とにかく大量の情報を確認できる「データベース」
ここまで様々な文献を紹介してきたが、もっと手軽に全体を概観する術はないのかという声も少なくないだろう。最後に、現在も更新作業が続いているホットなデータベースを2つ紹介しよう(いずれも無料・登録不要)。
「Moby Games」は世界最大級のゲームのデータベースで、日本も含む世界各国のゲームのメタデータが30万本以上登録されている。有志による作業のため、かならずしも正確とはかぎらないが、1940年代(!)から現在まで、ほかの歴史書では決して見られないようなマイナータイトルも含めて存在が確認できるので、最初のとっかかりには便利だ。“ゲーム特化のWikipedia”のような存在と考えればいいだろう。Release Date(発売日)でソートすれば、壮大な年表ができあがる。
もうひとつは、「The Visual Novel Database」だ。こちらはビジュアルノベルに特化したデータベースだが、ジャンルを限定しているぶんスタッフやキャラクターなどについても深い情報が得られる。画像のように年代順に並べれば、ビジュアルノベル史をざっと確認することができる。歯抜けになっている箇所もまだまだ多いが、Carlや彼の学生たちも目下修正作業に従事しているとのことなので、精度は日々向上していくものと思われる。
以上、日本国外のゲーム史についての書籍やデータベースをいくつか紹介した。これらは使い方次第では日本のゲーム史を知るのにも役立つ。筆者も海外の研究者やジャーナリストからよく聞くのだが、日本国内向けには話しにくくても海外向けの記事には書けるインタビューや、フェアユースの観点から現地支社にローカライズ版のイメージの使用が許可されることもあるそうなので、まだまだ我々が知らない情報が眠っている可能性もある。そう考えると、意外と海外からみたゲーム史も身近に感じられるのではないだろうか。