エンタメトップランナーの楽屋
漫画は「読む前から面白い」ものが売れる時代に? FIREBUG佐藤詳悟×『週刊少年マガジン』川窪慎太郎対談
お笑い芸人や俳優、モデル、アーティスト、経営者、クリエーターなど「おもしろい人=タレント」の才能を拡張させる“タレントエンパワーメントパートナー“FIREBUGの代表取締役プロデューサーの佐藤詳悟による連載『エンタメトップランナーの楽屋』。
第五回は『週刊少年マガジン』(講談社刊)の編集長を務める川窪慎太郎をゲストに迎える。
元お笑い芸人のマネージャーという経歴を持つ佐藤氏と、編集者として漫画家に向き合う川窪氏。クリエイターとの付き合い方から、漫画ビジネスの現在について話を聞いた。
「1982年会」のメンバー同士が取り組んだボイスドラマ
ーーまずは川窪さんと佐藤さんの最初の出会いや関係性についてお聞きしたいと思います。
川窪:いまは「1982年会」という同い年の集まりの一人として佐藤くんとほか何名かで定期的にお会いしています。その会に参加するきっかけになったのは、当時SEKAI NO OWARIのマネージャーを務めていた宍戸(亮太)くんと元々繋がっていて、誘われたのが最初でした。そこで初めて佐藤さんとお会いしたんです。
佐藤:一番多かったときは30〜40人くらい集まっていたよね。いまは1年に1回くらいのペースで開催しているけど。当時は現場を担当しているメンバーが多かったから、仕事に繋がるということはあまりなかったかな。でも最近は昇進してみんな偉くなっているというか。仕事の話もできるようになって、ようやくそんな時代が来たなと思っています(笑)。
川窪:佐藤さんとも最近、一緒に仕事もするようになりましたが、仕事関係なく僕が困ったときに「こういう人っていませんか?」と佐藤さんに声かけると「いるよー!」と返事が返ってくる、というやりとりが多いかもしれません。占い師とかサウナを作れる人とか。本当になにか言えば出てくる“ドラえもん”のような存在として、頼りにしているんですよ。
佐藤:仕事の絡みとしては偶然もあるんですけど、いきものがかりの吉岡聖恵の楽曲で講談社さんの作品とタイアップさせてもらったりしていました。
川窪:明確にひとつ仕事をしたなと感じているのは、一緒に原作から漫画を作ったことですかね。
佐藤:そうそう、ちょうどコロナ禍で何もすることがなくなったとき、川窪くんに相談したところ、「ボイスドラマをたくさん作りたい」という話になって。ちょうどアミューズさんもメディアを立ち上げるタイミングだったので、3社でボイスドラマを立ち上げてからコミック化して展開しよう、という形で進んでいきました。
川窪:基本的にうちは著作権者が漫画家や小説家だったりするわけで、その運用をさせていただくビジネスになっているんですが、会社としても「自分たちも著作権を持つ」というチャレンジをしようと思っていて。こうした背景もあり、ボイスドラマを原作として、それをコミカライズしたり映画化したりできたらいいねと話していました。
佐藤:ボイスドラマからLINE漫画、コミックの順番に展開していきましたよね。
川窪:はい、そうですね。
ーー以前、MAPPAの社長の大塚さんを取材した際に、「現在のアニメビジネス」の全体の整理もさせていただいたんです。その中で「アニメ業界は周りのビジネスに引っ張られていて、アニメ制作会社の立ち位置が少しずつ変わっている」という話も出たんですが、いち読者として「現在の漫画ビジネス」を考えてみると、結構盛り上がっている印象を持っていて。そのあたり、川窪さんはどのように感じていますか?
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川窪:去年(2022年)までが好景気だったんじゃないですかね。好記録を2021年、2022年と2年連続で記録したので。
ーーということは多くの人に読まれたという認識で合ってますか。
川窪:おっしゃる通りで、単行本の発行部数も好調でした。やはりコロナ禍で外に出ない状況が続き、家でできることに漫画を読むことも入っていて、その影響が大きいと感じています。いわゆる巣篭もり需要が明確にあったわけですね。それが去年の下半期あたりかな、コロナ禍が落ち着きを見せた大型連休を境に下がってきています。
佐藤:コロナ禍の影響はもとより、電子書籍が伸びたとかはあります?
川窪:それもありましたね。コロナ前から紙が落ちているぶんを電子書籍が補って、少しプラスに転じるというのが3〜4年ありました。
佐藤:そこにコロナ禍が来て爆発したというわけか。
川窪:はい、外に出て買いに行かなくても電子書籍で漫画が読めるため、人気が高まったという感じです。
火のつき方が「読んだら面白い」から「読む前から面白い」へと変化している
佐藤:コンテンツの要素の部分はどうでしょう。クリエイターがデジタルになったことで、修正がしやすくなったとか、入稿期限ぎりぎりまで面白いコンテンツを考えられるようになったとか。
川窪:うーん、作品として読者に刺さるようになったかは明確にわかりませんが、やっぱり世の中にクリエイターが増えたのはすごく感じています。それは漫画だけではなく、イラストや歌、映像など、クリエイトするための敷居が下がっていると思うんです。クリエイターの数が増えたことで、結果的に作品数も増加しているのも好景気になったひとつの要因に挙げられるかもしれません。
佐藤:作品の出し先はどのようになっているの?
川窪:週刊少年マガジン編集部は、雑誌の『週刊少年マガジン』と『別冊少年マガジン』、アプリの「マガポケ(マガジンポケット)」の3つを運営しています。昔と比べても、アプリのおかげでクリエイターの出し先が増えていますね。紙とアプリの一番の違いは収容量で、アプリの方は言ってしまえばどこまでも載せられるというか。もちろん、担当できる漫画編集者の人員や利益分を鑑みて一定の限度はあれど、紙よりもだいぶ上限はない感じです。
佐藤:作品の伝わり方、流行り方に関しては、川窪くんが講談社に入った17年前と比べて、火のつき方は変わりました?
川窪:どうだろう。おそらく変わったんじゃないかな。やはり昔は書店に置いてあることがすべてでしたから。面白い順に我々が漫画を刷っていて、刷られた量に応じて書店のスペースが取られていくと、来店した人の目に入りやすくなるので、手に取るようになるわけです。書店に行くことで面白い漫画や小説の情報を得られる時代だったんですね。
でも、いまはSNSですぐに流行っているものをキャッチできるので、言い方が正しいかはわかりませんが「SNS映え」するものが持てはやされている感はあります。例えば「グロい」、「怖い」「驚きがある」というようなひと言で言いやすい企画ものとかはSNSで取り上げやすく、流行る傾向があるなと思っています。
佐藤:形容詞で言うと、年ごとに流行るものがあるんですかね。
川窪:いまは「エグい」が強いですね。もしかしたら、僕の担当作でもある『進撃の巨人』もその一因になっているかもしれません。いまのトレンドとして、人が死ぬ漫画や主人公が辛い目に遭うような過激描写が多くなっているのもあり、エグいという言葉が持てはやされています。
佐藤:違う形容詞が生まれると、みんなそれにつられてトレンドが変化してくるようになるですか?
川窪:それで言うと一気に変わるのではなく、ゆっくりとトレンドが移行してくるとは思います。でも結局はSNSでの発信のしやすさがあるかどうかが根底にあるわけで。「読んだら面白い」のではなく「読む前から面白い」と表現した方がわかりやすいかもしれません。「読む前から面白い」というのは、SNSで紹介された時点で興味を惹かれるほど面白く感じるという意味です。
ーーSNS広告で漫画を知ることが多いと思うんですけど、『食糧人類 ーStarving Anonymousー』はまさにそれだなと感じました。
川窪:そうですね。あとはうちの作品で言うと、『十字架のろくにん』という漫画があって。親を殺されてしまった主人公が、親を殺した同級生に対して何年もかけて復讐していくという物語になっているんですが、当初これは『別冊少年マガジン』で始まった作品でした。
その後、単行本として出したんですが、売れ行きが伸びずに途中で打ち切りになったんですよ。実は僕が打ち切りの判断をしたんですが、作品も読んでいて面白いと思っていたし、作家の才能にも可能性を感じていたものの、部数が伸びなかったこともあり、「紙では継続できないけどマガポケに移籍してもう少しチャレンジしよう」と部内で話し合ったんです。そしたら、そこからめちゃめちゃ売れて。看板作品になるくらいバズったんですよ。
佐藤:紙とアプリでは何が違ったんですかね。
川窪:マガポケの読者層が紙と異なること、あとはアプリなのでバナー広告を出すときにマガポケの宣伝として『十字架のろくにん』を使い、広告運用したところ、かなり反響がありました。
内容としても過激というか、わかりやすいじゃないですか。僕らからすると、最初から面白いと思っていたんですが、ただ書店に置いているだけではなく、わかりやすいバナーを作成することで、その魅力に気づく人もいるわけで。SNSが普及しているからこそ、「わかりやすさ」や「エグい」といったものがキーワードになり、それが多くの読者に刺さるきっかけになるとあらためて実感した事例でしたね。
佐藤:バナー広告のクリエイティブで気をつけていることってあります?
川窪:僕が直接関わっているわけではなく、別の者が担当していますが、瞬間的にわかりやすく、ぱっと見で興味をそそられるようなクリエイティブを意識していると思います。また、書店や漫画アプリ自体が出すバナー広告もあって、それはもっと顕著で。
バナー広告に載るキャッチコピーって、漫画では一部分ともいえる要素を漫画全体を示すかのように上手に表現したりしていて。そういう見せ方の工夫も相まって、グロさを読者にピンポイントに伝えていくバナーの作り方になっていますね。もちろんエグさやグロさがすべてではないですけど。