漫画は「読む前から面白い」ものが売れる時代に? FIREBUG佐藤詳悟×『週刊少年マガジン』川窪慎太郎対談

FIREBUG佐藤詳悟×川窪慎太郎対談

SNSが全盛になっても「サプライズヒット」は生まれる

佐藤:川窪くんに伺いたいことがあって。テレビがベースだった昔は、聞いている音楽も100人中90人くらいが同じだったわけだけど、今って音楽も漫画と同様に、売れるシーンがいくつかあるんですよ。ただ、最近の紅白を見ていても、みんなが口ずさめるような曲は生まれていなくて。漫画の場合だと、SNSによって趣味嗜好が多様化されてきているんですか。

川窪:好みが細分化されているなとは思っていますね。自分が17年前に編集者になった頃にはなかったジャンルも結構出てきていますし。例えば料理ものに関しても、昔は料理人として頂点を目指したり、美食を極めるみたいなものくらいしかなかった。それが今ではキャンプしながら食べたり、ゲテモノ料理を食べたり、おっさんが1人で食べたりと、ジャンルが細分化されている。恋愛に関しても、男女の色恋だけじゃない、ジェンダーレスのものが出てきたり。そういう意味では、マイナー紙からも人気作品が生まれてくるようになってきていますね。

佐藤:漫画はどのくらいのファンベースを持っていれば、成り立つものなんですか。

川窪:5万人いれば十分、10万人いれば人気のヒット作という感じですかね。ジャンプアップの基準だと、10万人を超えていけばその先の50万、100万人を目指せるポテンシャルがあると思います。自力で10万人のファンがいれば、それを他力で増やしていくみたいな。

佐藤:これは音楽でも芸人でもそうだけど、やっぱりある程度のファンベースがないと、そこから先にジャンプアップできないというのは感じています。結局、飛躍するためには面白いものを作る、良い曲を出すとかに帰結するんだなと思いますね。

川窪:部員に言っているのは、「アンケートで1つでも上の順位を狙おう」ということです。10位なら9位を、5位なら4位を目指そう、という風に言っていますね。

 あとはアニメや映像がなくても、「自力で10万部を目指そう」とも伝えています。その先は運や時流に左右される部分なので、読めないところでもありますが、10万部までは作家と編集が一丸となって頑張れば不可能じゃない。こうした思いを胸に、日々取り組んでいるような状況です。

ーー人気の可視化という面では、SNSの反響によって、だいぶわかりやすくなっていると思うのですが、そういう意味だと、予想外のサプライズヒットはあまり生まれなくなっているといった状況もあるのでしょうか?

川窪:いや、サプライズもまだまだある気もしますね。ちょっと質問の意図と外れるかもしれませんが、例えば『鬼滅の刃』や『東京リベンジャーズ』も雑誌内では大人気でしたが、その人気に見合う売上には至っていなかった。そんななかでアニメ化されたことで、一気にブレイクし、ウルトラヒットにつながったわけです。それをサプライズと呼ぶかはわかりませんが。

佐藤:もともと熟成されていたものがあったからこそ、アニメで爆発したんだろうね。

川窪:面白さは何も変わっていないのに、アニメになると急にバズるのは、未だに不思議というか。また、アニメだと1話目2話目だけでも爆発的に売れるわけなんですよ。これって、漫画だと50話いっていても売れないのに比べて、すごい差だと思っていて。アニメだと1話、2話くらいで火がついてるのに、なんで漫画だとそうならなかったのか。もちろん、アニメの素晴らしさはあれど、単にアニメになったら面白くなるわけでもなく、やっていることは変わらないので、自分でもヒットの要因が掴めていないんですよね。

佐藤:音楽のアーティストでもファンの属性によって、流行っている感じがする人と、身内の感じになっている人がいますよね。K-POPは外を向いているので、すごくトレンディーで拡散されている印象を受けます。

ーー2人の話を聞いて思ったのが、漫画とアニメで「口コミの伝導率」が違うということでした。アニメは「これ面白いよ」と伝えたときに割と見てくれる一方、漫画だと買って読むまでのハードルがある。「アニメが始まってからでいいや」と考える人も多いのかもしれません。

川窪:後はアニメの方が面白さを伝えやすいですよね。PVの映像も気軽に見れるし、ストーリーが気になったら、まずは自分が使っている動画サービスからで気軽に1話から視聴できる。

 また、漫画を電子で買う人と紙で買う人では層が分かれていて。紙で買う人の方が年齢層が若いんですよ。わかりやすく言うと、クレジットカードがなかったり、スマホ決済が許されてないなど決済能力のない人が、必然的に紙を買うというわけなんです。

2人で異なるクリエイターとの距離感や仕事への向き合い方

ーーお二人はプロデューサーと編集者という、クリエイターと近い立ち位置でものづくりに携われる職種ですが、そのなかで「クリエイターとの適切な距離感」や「自分の中で大事にしていること」についてお聞きしたいです。

川窪:自分の中で決めているのは「あまり深入りしない」ということです。僕はサラリーマンゆえ、生涯マネージャーでもオーナーでもない。いつ担当から外れるかもわからない。どこまでいっても、仕事としてやっているだけなので、深入りしすぎないようには心がけていますね。「人生を背負うなんておこがましくて言えない」というスタンスでお付き合いしていくのを、マイルールとして定めています。

佐藤:距離感は人それぞれの考え方はあると思います。でも僕なら、せっかく関わっているなら、何かしてあげたいなという気持ちはありますね。この人にとって、「自分ができることは何か」というのは常に考えています。人によっては運転もしたし、売上を上げたいと思っている人にはサポートして利益を出したり、露出を増やしたいと考えている人には、その機会を提供したり。

 基本的には「こうしたい」というのを聞いて、自分ができることをしてあげていた感覚が強く、冒頭の方で川窪くんが僕のことを“ドラえもん”と呼んでいたけど、そのような存在でありたいなと思っています。

 もし僕がホテルのコンシェルジュをやったら、かなりワークするんじゃないかと(笑)。そう感じるくらい、いろんな人の要望をヒアリングして、それに応えたいという気持ちが誰よりも強い。「佐藤でマネージャーでよかったわ」と言われるのが最高の褒め言葉というか。人によって求められるものが異なるわけで、それに応えようと必死にやっていたら、比較的なんでもできるようになった感じです。

川窪:そうすると「異を唱える」ことはあまりしないということ?

佐藤:例を挙げると「年収を倍にしたい」と言われたときに「これやったらいいんじゃない」とアドバイスするわけです。でも、「それはやりたくない」という返事だった場合は「でも、年収を倍にしたいんじゃないの」という切り返しはしますね。ゴールに対してやらなくてならないことは、提案していました。

 幸いにも吉本のマネージャーだった頃は、ある程度の関門というか修羅場を通ってきた芸人さんを担当させていただいていたので、そういう意味ではその人の願望と行動が乖離しているということに、出くわすことはあまりなかったです。

ーー川窪さんは逆に一線を引くようなスタンスを貫いているんですか?

川窪:一線を引く代わりに「都合の良い嘘はつかない」というのは大事にしています。僕はサラリーマンとして、自分の利益を追求するし、ビジネスにおいてはたくさんの大事な人がいるので、そういう立ち位置を明確にした上で作家と向き合っていますね。

ーー最後に今後お二人がやっていきたいことがあれば教えてください。

川窪:今まさに佐藤さんと話しているものがあります。

佐藤:はい、現在進行中のものとして、他の会社で作ってもらっているサービスがあるんですけど、それを一緒にマガジン編集部とやりたいと思っていて、ちょうど話しているところです。会社を経営し始めてから7年くらい経つんですけど、本当にいろんなことがありました。そのなかで感じたのは、エンタメ業界におけるチームビルディングやマネジメントのことについて学べる機会があまりないこと。そういったエンタメ業界あるあるの悩みごとを相談でき、ナレッジをシェアできるような場を作りたいなと考えています。

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