「高橋一生カメラ」は主人公と“同化”を促す 『フェイクスピア』配信からみえてくる、演劇の新たな可能性

『フェイクスピア』配信からみえる、演劇の可能性

 野田秀樹率いるNODA・MAP第24回公演『フェイクスピア』が、映像配信プラットフォーム「Blinky」にて配信中である。本作は、昨年の5月24日から7月25日にかけて東京芸術劇場プレイハウスと大阪・新歌舞伎座にて上演されたもの。一般的な編集が施された「本編映像」と、主演の高橋一生にフォーカスした「高橋一生カメラ」という二つの映像を視聴することができ、劇場体験とは違うかたちで野田が繰り広げる演劇の世界を堪能できるものとなっている。

 本年度の「読売演劇大賞」において、野田が優秀演出家賞を、主演の高橋が最優秀男優賞を受賞し、最優秀作品賞にも輝いた『フェイクスピア』。本作は、野田が30年ほど前に出会ったとある“コトバの一群”から着想を得て生まれた作品だ。本稿はこの作品の「配信」の魅力について語るもののため、物語への細かい言及はしないことを先に明言しておきたい。

 物語の舞台は、日本三大霊場の一つである青森・恐山。『フェイクスピア』というタイトルは、言葉の神様ともいえる「シェイクスピア」という名と、偽物を意味する「フェイク」を組み合わせた造語であり、「コトバ」にまつわる物語が展開する。ちなみに野田が出会った“コトバの一群”とは、1985年8月12日に群馬県と長野県境の山中に墜落した日本航空123便のボイスレコーダーに残されていたものである。

 NODA・MAPの作品が配信されるのはこれが初めてのこと。これまで映像で観る手段は、WOWOWに加入し、放送日を待つしかなかった。筆者は本作を劇場で観たが、WOWOWに入っていないため、再見する手段がなかった。同じような方も多いのではないだろうか。「演劇は劇場で観るべき」という思いが前提としてあるが、配信という初の試みは非常に頼もしく嬉しいものなのである。

 さて、今回の配信は先述しているように「本編映像」と「高橋一生カメラ」の2パターンを楽しむことができる。まず、「本編映像」に関しては多くの方のご想像通り。複数台のカメラがさまざまな角度から舞台上で巻き起こる物事を収め、それを最良のバランスで編集したものだ。舞台全体を捉えた固定カメラによる映像もあれば、俳優たちの動きをフォローしている映像もある。作品全体を見渡し、物語の勘所を押さえているのだ。つまりそこには、「ここを見よ!」という作り手サイドの意図がある。

<画像=NODA・MAP第24回公演「フェイクスピア」(撮影:篠山紀信)>

 劇場に足を運んでの観劇の場合(あるいは、映像が固定カメラのみによる記録映像の場合)、観客は自分の観たいところだけを選ぶことができる。これは一つの利点だろう。好きな俳優ばかりを目で追うことができるし、最初から最後まで舞台美術の細部に注目したっていい。しかし舞台は広く大きく、すべての物事はつねに同時進行していくため、そこで重大な何かを見落としてしまう可能性もあるはずだ。実際に今回の配信で、「このシーンにこの俳優が登場していたのか……」という気づきが筆者にはあった(舞台上が暗いシーンだったため、劇場ではよく見えなかった)。観劇に慣れていない方や、劇場へ行くことにハードルを感じる方は、伏線が生まれるシーンなどを的確に押さえた「本編映像」から演劇の世界に足を踏み入れてみるのもありかもしれない。

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