『バーチャル渋谷』仕掛け人・KDDI“革新担当部長”三浦伊知郎が考える「エンタメ×通信会社の組織論」

『バーチャル渋谷』仕掛け人を直撃

 5G時代のエンターテインメントとテクノロジーを駆使し、渋谷という場所・街をアップデートしていく『渋谷5Gエンターテイメントプロジェクト』。本格的にプロジェクトが始動した今年は、新型コロナウイルスの感染拡大という誤算はあったものの、「バーチャル渋谷」が大きな反響を呼ぶなど、一つの大きな成果を生み出した。

 今回は、同プロジェクトを牽引する、KDDIの革新担当部長・三浦伊知郎氏にインタビューを実施。DJとしてのキャリアもありながら、NTT、DIESEL、外資広告代理店と多くの業界で活躍してきた彼に、5G時代における通信とエンタメのありかた、KDDI独自の採用手法と、社内でオルタナティブな立場になりながら成功していく方法など、エンタメ・ビジネスの両側面を持ち合わせた持論を話してもらった。(編集部)

「マスではない電子音楽を、通信会社こそがサポートするべきだと思った」

KDDI 革新担当部長・三浦伊知郎氏
KDDI 革新担当部長・三浦伊知郎氏

ーーKDDIビジネスアグリゲーション本部の“革新担当部長”という肩書きで活動されていますが、この役職はどんなポジションなのでしょうか?

三浦伊知郎(以下、三浦):僕の立ち位置は会社でも制度的にユニークで、KDDIでは大卒からずっと在籍しているプロパー社員が多いのですが、僕の場合は、約3年間の有期雇用でその間にミッションが与えられています。会社的にも同じ人がずっといるとやっぱり考え方が凝り固まってしまう部分がある。だから、革新担当部長とは言いますが、外部から人を入れて化学反応を起こして新しいビジネスや環境を作るというのが僕の立ち位置です。

ーーこれまでにNTT、DIESEL、外資広告代理店などを渡り歩いて来られてましたが、過去にはDJとしても活動していたこともあり、DOMMUNEなどとの取り組みを見ているとカルチャルなシーンとも柔軟につながっている印象があります。そういった取り組みの発想はどこから生まれるのでしょうか? 

三浦:例えばauは、ざっくり言うと日本の人口の1/3がお客さんなので何をやるにしても基本的にはまず対象になるのはマスなんです。KDDIに入社したのは3年ほど前ですが、僕自身は学生時代にバックパッカーやDJをやったり、テクノ、ハウスなどのクラブシーンにも触れてきたこともあって、その時にそもそもがデジタルで作られているマスではない電子音楽(デジタル・クリエイティビティ)を、通信会社こそがサポートするべきだと思ったんです。

 ただ会社からすると、テクノひとつとっても「アンダーグラウンドだ」ということであまり興味を持ってもらえない。でも、日本人口の3分の1がお客さんなわけですから、その中にはきっとテクノ好きもいるはずだし、1番最先端の音楽を作ってる人たちもそういう電子音楽シーン界隈にいると僕は思っているんです。それに「最先端の5Gを打ちだしているのにJ-POPメインに縛られていていいのか?」という疑問もあったので、一度ちゃんと繋げた方がいいなと考えました。

 とはいえ、いきなり全部をテクノに繋げてしまうのではなく、最初はその一部をDOMMUNEの宇川(直宏)さんやMUTEK.JP(電子音楽&デジタルアートの祭典)と一緒にやっていくことで、徐々に受け入れられるようになっていきました。最初の1年くらいは正直「MUTEKって何?」という反応でしたが、一昨年に日本科学未来館で『MUTEK.JP』をKDDIも加わって開催したころから、社内に一定数の理解者が見つかりはじめ、納得してくれる人も増えてきました。

 よくよく考えれば、KDDIは『WIRE』(国内最大級のテクノフェスティバル)に長年メインスポンサーとして関わっていたことを思い出したり、キャリア発の音楽サービスがなかった時代に「LISMO」(現Music Store powered by レコチョク)を立ち上げた社員が近くにいて、その人と繋がることができたのも、現在取り組んでいるプロジェクトにおいては大きなポイントになりました。

ーー昨年の『MUTEK.JP』でいえば、KDDIはXRアートや、5Gとも関連性がある最先端のエンターテックに関わっています。

三浦:この分野に知見があったり、好きだったりすると、そういったデジタル・クリエイティビティという面でMUTEKとKDDIの関連性も理解してもらえるのですが、そうじゃないと難しい。その啓蒙活動には相当時間がかかりましたね。ただ、最終的には実際にやってみて、メディアや来場者から反響が出てくると、こういった取り組みも評価されるというのが会社的にもわかってもらえたみたいで。1年目は確かに大変でしたが、今ではKDDIが『MUTEK.JP』に関わるのは社内的にも当たり前のように思われています(笑)。

 そういえば、一昨年前に『MUTEK.JP』にジェフ・ミルズが出演したのですが、KDDIでは彼のことを知っている人もいるし、彼が出演するならイベントに遊びに行きたいと言ってくる人もいる。こういう社内の人材の発見も面白かったですね。

ーーKDDI、渋谷区観光協会、渋谷未来デザインが発足させた産官学民連携で50社以上が参加する「渋谷5Gエンタメプロジェクト」にもその立ち上げから関わっておられますが、それに参加した経緯は? 

三浦:渋谷未来デザインの長田新子さんとは彼女がレッドブル、僕がDIESELで働いていた時から付き合いがあり、今は彼女が渋谷区側、僕がKDDIにいるので一緒に「何かできることはないか」と考え、1年ほど議論をしていました。

 KDDIは通信に関わる会社ですが、今も昔もエンタメには力を入れているし、渋谷は”文化を作る街”として知られているので、そういうことであれば一緒にやりましょうと手を組んだのですが、そもそも僕らは5Gという傘を持っていて、公的な渋谷という場所があるのなら、2社だけでやるよりも”エンターテイメント”を打ち出して、その分野で何か新しいことを僕らと一緒にやりたいという企業を募った方が面白いと考えました。そうすると一気に30社くらいが手を挙げてくれたので、立ち上げ自体はある意味自然な流れだったようにも思えます。

 参加してくれた企業などには、あまり難しいことを考えても議論だけで終わってしまうので、それよりも渋谷を使って「5G時代の未来のエンターテイメント」のビジネスの構築を目標にして、なんでもトライしてみるを精神に試行錯誤しながら、一緒の船に一度乗ってみましょうと言っています。最近の成果物としては「バーチャル渋谷」がわかりやすいと思うのですが、今後は参加する50社以上を束ねて、それ以外の新しい事業なり、ムーブメントを作っていく必要があると考えています。

ーー今年で言えば、Netflixとの「ネトフリシネマ」やDOMMUNEとのARライブなどにも関わっておられますが、KDDIのような通信会社、渋谷区のような行政区、そして、エンタメ企業の橋渡しをするうえで心がけているのはどういったことでしょうか?

三浦:KDDIが渋谷区と組んでいる理由は、渋谷区がエンタメや周辺のカルチャーに理解がある街だからです。一方、DOMMUNEを例にすると、企業であるKDDIと最先端のクリエーターである宇川さんとの連携は相当なチャレンジですが、ちゃんと協業できているのは、僕らはクリエイターが何を届けたいのかを考える、”コンテンツファースト的な考え方”にちゃんと軸に置いていて、ARや5Gを使うことでこういう可能性がありますよね、という提案をするにしても、まず「クリエーターが何を届けたいのか?」という根幹の部分を大切にしていて、以前から着うたやLISMOもやってきたこともあって、KDDIにはそういった姿勢が企業風土にあるので、ちゃんと成立していると思っています。

 ARライブシステムにしても、僕らはARの部分を切り取ってPRはするものの、あれ自体は手段のひとつでしかなく、あくまで「クリエーターの表現の可能性を広げるためのもの」でしかないと思うんです。だから、さっき言った宇川さんとも結果的には一緒にやれているし、彼の思想哲学的なところを僕らなりに解釈して全力でぶつかっています。

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