『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』、なぜスーパーテクノロジーを“魔法”のように用いた?
魔法のようなホログラム映像
本作は、『アベンジャーズ/エンドゲーム』以後の世界を描く作品だ。サノスによって失われた世界の半分の人口が、ヒーローたちの活躍によって奪還され、世界は平穏を取り戻した。「スパイダーマン」ことピーター・パーカーも普通のティーンエイジャーとして高校に通っている。コミカルさも含めた日常描写が、ヒーローたちが取り戻してくれたもののかけがえのなさを象徴しているようだ。
ピーターたちは、夏休みを利用してヨーロッパ旅行に出かけるのだが、そこで水や炎、風など自然現象をモチーフにした怪物「エレメンタルズ」に遭遇してしまう。ニック・フューリーと新たなヒーロー「ミステリオ」がこれに対処するのだが、ピーターも協力要請を受け、一緒に立ち向かうことになる。
自然現象をモチーフにした怪物というと、ファンタジーの世界の生物というイメージだが、実はこれは黒幕がしかけたドローンによる高精細なホログラム映像であることが中盤で判明。まさに高度な科学技術で魔法を実現したのである。
こうした映像によるトリックは、昔なら映画の中だけのものだったが、今は違う。現実の世界にも「ディープフェイク」と呼ばれる、本物と見紛うデマ映像がたやすく作れる技術が登場した。たとえば、バラク・オバマ前大統領が「トランプは間抜けだ」とらしくない発言をしているこの驚きの動画は、実は『ゲット・アウト』で知られるジョーダン・ピール監督が啓発のために作ったフェイク動画だ。
本作の黒幕は、ホログラムでディープフェイクを作り、脅威を演出。ヒーローになりすますのだが、その黒幕が吐き捨てる台詞が印象深かった。それはとても現代的で、SNSなどで一度は目にしたことがあるはずだ。「人は自分が信じたいものしか信じない」。
“捏造”された脅威。そして、それに立ち向かうヒーローの登場。人々は新たなヒーローに熱狂し称賛する。そして、大衆だけでなく、トニー・スターク(アイアンマン)の後を継ぐのは自分には重すぎると感じているピーターにとっても、目の前に現れた新ヒーローは「頼れる大人」だと信じたい存在だった。黒幕は、ある意味、ピーターや人々の欲望を叶えようとしたとも言える。黒幕がピーターに言う。「せっかくヒーローをやめて、普通の高校生に戻らせてやろうというのに」。
みながそれぞれ“信じたいものしか信じない”社会には、嘘の情報が大変に効果的に機能してしまう。本作は、そんな現代社会の脆弱さを見事に突いているのだ。