『メーデー』が示した“交流”の可能性 『トップガン マーヴェリック』より一歩進んだテーマ

映画はここで、スカイアクションとしての役割を果たしたとでも言うように、コメディ要素を強く含んだ国家からの脱出劇へと、その趣を変えていく。主人公トロイを助けるニコライは、アメリカ映画を愛するアメリカ信奉者で、劇場で盗撮された海賊版の『トップガン』を何度も繰り返し観ているような人物である。彼は救出した主人公の話をしきりに聞きたがり、憧れのアメリカへと思いを馳せる。その一方で、主人公の身体を縛り、ベッドに押さえつけてもいる。これは明らかに、スティーヴン・キング原作、ロブ・ライナー監督の『ミザリー』(1990年)を意識したパロディと考えられるだろう。
ここから二人の、国家からの逃亡劇が始まっていく。ライアン・レイノルズは、その持ち味を発揮し、脚本の状況に応じてアドリブを思わせるギャグの数々を繰り出していく。それに対して、優れた監督として、また映画俳優やシェイクスピア劇の俳優としても知られるケネス・ブラナーは、レイノルズの巧妙な話術に素早く応じながらも、あくまで落ち着いたトーンを崩さない。その対照的な二人のやり取りがバランスの良いリズムを生み出し、逃亡劇を観客に楽しませるものにしている。
こうして『メーデー』は、いつしか国家を逃れるアクション映画から、性格も立場も異なる二人の男が行動をともにするバディムービーへと姿を変えていくのである。乗り物などシチュエーションを利用したサスペンス描写は、冷戦時代の東ドイツを舞台にした、アルフレッド・ヒッチコック監督の『引き裂かれたカーテン』(1966年)を思い起こさせるところがある。
本作の政治性がかなりアメリカ寄りに描かれていることは確かだろう。作中では、資本主義や民主的な政治体制の優位性が語られ、ソ連の閉鎖的な政府のあり方や、国民が自由に政府を批判したり、自らの望む生き方を選択することができない状況が強調されている。もちろん、ケネス・ブラナー演じる男が語るように、「ソ連もアメリカも国家としての本質は同じなのだ」という、考えさせるセリフが飛び出す。だが全体的には、アメリカ型「自由」を称揚していることは明らかであり、このあたりが大衆娯楽としてのアメリカ映画の限界が垣間見える部分だといえよう。
しかし、この映画が同時に描こうとしているのは、それとは別の、個人と個人の間に生まれる感情なのではないだろうか。トロイが後半でつぶやくように、もちろん現在のロシアや過去のソ連という国が、一つの考え方だけによって成り立っているわけではない。抑圧的な体制や、強権的な指導者のもとにあっても、そこに暮らす個人はそれぞれ異なる考え方を持っている。そして、国家や政治体制という枠組みを離れて、個人と個人というレベルに立てば、互いに分かり合い、笑い合い、交流することもできる。
本作が描いているのは、国家間の対立を越えたところにある、人間同士の関係の可能性ではないのか。国家や時の体制にはそれぞれの政治的なカラーがあり、軍事的な緊張のなか、互いに相容れない部分がある。だが同時に、それぞれの国の人々が、たとえば『トップガン』におけるケニー・ロギンスの主題歌を口ずさんで盛り上がることはできるし、時には命を助けるために尽力することもできる。
「遭難信号」と「労働者の祭典」の両方の意味をタイトルにした『メーデー』は、それがアメリカ的だというところに留意する必要はありながら、異なる文化や立場にある者たちが、自由に意見を交わし交流できる可能性を示唆している。ここを作品の重点にした点で、本作『メーデー』は、緊張した世界の状況にあって、『トップガン マーヴェリック』よりも一歩進んだテーマに到達したことは間違いないだろう。
■配信情報
Apple Original Films『メーデー』
Apple TVにて配信中
出演:ライアン・レイノルズ、ケネス・ブラナー
監督:ジョン・フランシス・デイリー、ジョナサン・ゴールドスタイン
画像提供:Apple TV























