【追悼】女優・岸惠子 圧倒的なヒロイン力で“結婚の罠”を演じた唯一無二の存在

『君の名は』は、“ためにならない映画”が許される時代のヒット映画だった。しかし、単純に“美男美女によるメロドラマ”としてだけではくくれない複雑な面もあると鷲谷は語る。
「前提として、『君の名は』の岸さん演じるヒロインの真知子はすくなくとも社会で立派に生きる指針を示してくれるようなロールモデルタイプではありません。ただ、かと言って“こういう古い女はダメだ”といった反面教師のように描かれているわけでもない。さきほど言ったように本人は問題解決の能力がなく、自分で問題をややこしくするばかりなのだけど、他を圧する絶対的ヒロインとして光輝いていて、その輝きに魅入られた他の登場人物たちがその恋愛を応援してしまう。特に第一部の終盤で、真知子と相手の佐田啓二さん演じる春樹が雨の夜にすれ違ってしまうシーンが印象的です。春樹の下宿の前の暗い道で、真知子はまだ終戦直後の貧しい日本に似つかわしくないようなバラ柄の傘をさしている。まずバラの柄の傘がクロースアップになり、傘がすっと上がると、真知子のクロースアップがバラの花柄に囲まれて映ります。これが成立するのは、やはり岸さんの“ヒロイン力”あってこそとしか言いようがない。ただ、この映画は真知子と春樹のロマンチックなすれ違いの恋を描くものであると同時に、真知子が“結婚の罠”にはまる物語でもあるのが面白いです」
“結婚の罠”とは、一体どういうことだろうか。
「第一部で、真知子は自分のすれ違いの恋を親切に応援してくれた川喜多雄二さん演じる浜口勝則とうっかり結婚してしまいます。しかし、結婚してみたら夫は真知子と春樹との仲を邪推してネチネチ嫌がらせをはじめ、姑さんにも意地悪されて離婚しようということでうちを飛び出す。けれども、第2部から第3部のラストまで離婚調停がもつれにもつれてなかなか離婚できない。本来、戦後の――とくに占領期の――映画は、新しい民主主義社会を象徴するものとして自由恋愛を推奨するものが多いんです。男女が家の都合とは関係なく自由意志で恋愛し、それで結婚が成立すればハッピーエンドというパターンですね。でも、岸さん演じる真知子は自由意志で勝則と結婚したにもかかわらず、やがてその結婚が罠になってと苦しむ。自由意志で始まった恋愛が罠になるというパターンは、岸さんがその後出演した『黒い十人の女』(1961年)でも描かれます。そして、この結婚と離婚の問題はその後の代表作でも繰り返し演じられます」
岸のその後の出演作にも、鷲谷は目を移していく。
「とくに印象的なのは、にんじんくらぶが製作した『怪談』(1965年)ですね。岸さん演じる雪女はとてもユニークなモンスターです。日本映画に出てくる女の化け物は、“かわいそうな女がひどい目にあわされ、化けて出て復讐する”というパターンが圧倒的多数を占めているのですが、この雪女ははじめから人間には手出しのしようがない最強のモンスターとして登場する。まず、最初に特に悪いこともしていない哀れな年寄りのきこりが雪女に殺されます。しかし、その仲間の仲代達矢さん演じる、水木洋子さんの脚本にも『18歳の美少年』と書いてあるきこりの方は、『美少年ね、あなた』と言って助けてやることにし、『今夜のわたしに会ったことは誰にも話すな』と釘をさしつつ去る。そして後日、美少女に化けて美少年の仲代さんのもとにやってきて恋をして、結婚して幸せに暮らすのだけど、ある吹雪の晩に夫が『そういえば昔、同じような晩に恐ろしい女にあったんだよ』と思い出を口にした瞬間、『誓いを破ったな』ということで雪女が化け物の正体を表して去っていってしまう。でも、じつはそもそも誓いが成立していたかも微妙ですし、夫も優しくて申し分ない相手なんですよ。ただ、『君の名は』で離婚の難しさを死ぬほど味わった岸さんが、圧倒的な強者として一方的な離婚を申し渡し、なんの未練もなさそうにバーっと去ってしまうという展開には当時けっこうなカタルシスがあったのではないかと思います」
その後、岸は実人生でも1976年に離婚を経験することになる。岸の出演作に見られる“結婚の罠”というテーマは、そんなところとも重なってくるのだろうか。
「いいえ、岸さんの実人生での結婚と離婚はあくまで映画の役柄とは別ものだったのではないかなと思います。とはいえ、岸さんはその後の『悪魔の手毬唄』(1977年)などの出演作でも、“結婚の罠”につぶされまいと抗戦する役を演じています。他方で『家庭画報』などの女性雑誌では“パリで活躍する岸さん”として華やかな魅力を振りまきつづけましたしね。さらに、その後ジャーナリストや文筆家としても大活躍しました。いずれにしても、彼女の出演作にさまざまな形でついて回る“結婚の罠”のテーマは面白い。はじめに触れたとおり、岸さんは『君の名は』をどちらかというとやや不本意なものとして振り返りがちだったわけですが、あとから見れば最初に本格的に“結婚の罠”と対峙したという意味でも、やはり彼女の女優人生を決定づけた作品だったと言えるのかもしれません」






















