『風、薫る』最大のサプライズは佐野晶哉だ シマケンの繊細さと挫折を演じきる表現力

『風、薫る』最大のサプライズは佐野晶哉だ

 8月18日に放送された『風、薫る』(NHK総合)第102話では、シマケン(佐野晶哉)が残酷な現実に直面した。

 シマケンの小説の新聞連載が決まった。長年の苦労が報われたシマケンは、まっさきにりん(見上愛)に伝えに行く。2人の笑顔がまぶしい。りんとシマケンは結婚に向けて一歩前進である。

 恵風看護婦会では、ロイマチスを患う男爵夫人の佳枝(相田翔子)に派出看護を行うことを決定。担当はりんだ。初対面のりんに、佳枝は「何をしていただいても治るものではないのよ」とあきらめ顔で語る。ロイマチスは現在のリウマチで、当時、治療法はなかった。佳枝は「一生誰かの手を借りなければいけないのよね」と嘆息しながらも、りんに「あなたの手はとても心地よいわ」と看護の継続を依頼した。

 しのぶ(木越明)が妊娠を報告。しのぶは、直美(上坂樹里)たちに迷惑をかけることを詫びる。直美はしのぶをたしなめるように「妊娠を迷惑などと看護婦が口にするのは断じて許しません」とバーンズ(エマ・ハワード)の口調で祝福するのだった。

 シマケンは、美津(水野美紀)に頼まれ、ふすまの修理をするため一ノ瀬家へ。終わって寝入ってしまったシマケンは、このところの心労が一気に出たのだろうか。寝顔を見つめる一ノ瀬家の人々と、りんに起こされて目覚めるシマケンにとって、このときが一番幸せな時間だったかもしれない。

 良いことばかりは続かない。シマケンの家を訪れたのは義理の姉の絹(金澤美穂)だった。絹は兄の万太郎を探していた。万太郎は事業に失敗して失踪。シマケンの母は万太郎に代わって謝罪に歩いていた。実家の苦境を知ったシマケンは、兄に代わって頭を下げる。

 シマケンの小説は掲載されなかった。そのことは新聞を広げるりんの様子から伝わってきた。掲載されたのは別の小説家の作品。編集長の綿貫(小松和重)によると、その小説家は大きな広告主の親族で、経営上の都合だった。

 歓喜から一転して突き落とされたシマケンは、綿貫に食い下がる。

「書く努力はもうこれ以上ないほどしました。あとはもう紙面に載せてもらう努力をするしか。他にもう努力の仕方がわからないです」

 自分に何が足りないのか。できることはすべてやったはず。それでも届かないのはなぜなのか。綿貫の返事は明確だった。シマケンの小説にないもの。それは運でも努力でもなく「強さ」である。「君の文章は純粋で美しいが、極めてどうしようもなく強さがない」。

 「強さ」とは小説家としての決定的な個性だろうか。あるいは読み手を引き込む物語としての力。それがどういう意味かはシマケン自身がわかっているだろう。「つまり僕には才能がないってことですね」という言葉に、綿貫は静かにうなずいた。

 自暴自棄になるシマケンを見るのがつらい。文学青年であり、その澄んだ目で世界を見つめ、美しさを言葉にして紡いできたシマケンが、心を折られて、自らがよりどころにしていたものを自身の手で破壊する。そうするしかないとわかっていても、どうにかしてシマケンの魅力をわかってあげる人がいないかと思ってしまう。りんや一ノ瀬家のような理解者はいなかったのか。

 綿貫はわかっていて、だからこそシマケンに記者の仕事を勧めた。小説を書く才能がないことは「言えなかった」。結果的に、シマケンに夢を見させることになったとしても、綿貫を責めることはできない。

 瑞穂屋の常連でりんに心を寄せる「何者でもない」青年は、主人公に寄り添いながら自身の人生と格闘し、苦悩と挫折を私たちの脳裏に刻んだ。起伏の大きなドラマを演じきった佐野晶哉は今作最大のサプライズといえる。物語は続く。シマケンの未来に幸あれと願うばかりだ。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK

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