“シマケン”佐野晶哉の「いとおしい」は告白だったのか 『風、薫る』屈指の名シーンを分析

環(英茉)がりんに会いに行くにあたり、荷物持ちとしてついてきた。直美が気を利かせ、りんとシマケンは美しい日本海の浜辺で語らう。
ここで大活躍するのが、手紙でりんとシマケンがやりとりしていた「いとしげ」という言葉である。
文筆家であるシマケンは、りんへの手紙に何を書くか迷ったすえ、新潟のお国言葉を話題にする。

新潟では「いとしげ」という古語を「かわいい」や「美しい」といった意味で使うと聞いたが、合っていますか?と。
「いとおしい」は昔、「かわいそう」「気の毒」といった意味、さらには「困る」、そして「大切に」という意味で使われていた。それが新潟では「かわいい」「美しい」という意味になっていることに彼は興味を覚えていた。
「いとおしい」という言葉は、令和を生きる視聴者には「愛おしい」――愛の言葉のように感じるから、不器用なシマケンが、りんに自分の想いを伝えようとして、ストレートには言えず、こねくり回して、「いとしげ」という多様な意味をもつ言葉を持ち出したのだろうと思える。
だが、りんにはシマケンのくるおしい心情は伝わっていない。新潟に来たシマケンは立ち寄った飴屋で、高齢の女性が環に「いとしげな」という言葉を使って「かわいい」という感情を伝える現場に立ち会う。ここ新潟での「いとしげ」の意味を把握したシマケンだったが、美しい夕暮れを前に、言葉に迷う。
りんが「私は、いとしげがぴったりきます」と言う。シマケンには、風景の美しさよりも目の前にいるりんへの想いが募っている。ついに彼は思いきり「いとおしい、僕はーー」と「いとしげ」の意味を人に対する愛の表現として使用しようと試みる。
だが、そのあとを環に打ち消されてしまった。「いとおしいです。いつかこんな瞬間を書いてみたい」と言い直して、環のもとに向かうシマケン。シマケンと環がキラキラ光る夕暮れの浜辺で戯れる光景に、りんは涙ながらに「いとおしい」とつぶやく。
この場面は非常に凝っている。単に、シマケンがついに告白したというのではない。まして、りんが告白に応えたわけでもない。シマケンはそこまでの勇気がなく、りんにはそこまで思いが至らない状況なのだ。だが、ふたりの心の奥底には何かが確実に蠢いていて、それをなんとか言語化しようと手繰り寄せた言葉が「いとおしい」となる。

ストレートに「好きです」「愛しています」や、横沢のように「結婚しませんか」と言うよりも、明確な意味がわからない「いとおしい」にはもどかしさを伴って情緒がある。文豪・夏目漱石が「好きです」を「月がきれいですね」と言い換えたという説がある。「いとをかし」(風情がある)な言葉遣いを模索する。これと似たようなことをシマケンたちがやっている、そんなシチュエーションを作者は作り出そうと試みたのではないだろうか。なかなか大いなる挑戦である。
りんと直美の人生の岐路のみならず、「いとしげ」という言葉の岐路も描かれたといえるだろう。
■放送情報
2026年度前期 連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から土曜8:00~8:15放送
※土曜は一週間を振り返り ※NHK ONEで同時・見逃し配信あり
NHK BS・BSプレミアム4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送
出演:見上愛、上坂樹里ほか
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
音楽:野見祐二
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「風と町」
語り:研ナオコ
制作統括:松園武大、宮本えり子
プロデューサー:葛西勇也、松田恭典
演出:佐々木善春、橋本万葉、新田真三、松本仁志ほか
写真提供=NHK






















