『箱の中の羊』“結末”の意味を考える 是枝裕和による“手放す”ためのグリーフワーク

「結びつき」から「手放し」へ パラダイムシフトが意味するもの
※以降、映画の結末に関する記述があります

なぜ『箱の中の羊』は、共生ではなく別離を選ぶ結末へと向かったのだろう。それはおそらく、この関係の分解プロセスそのものが、甲本夫婦の「グリーフワークの真の完了」に不可欠だったからではないか。
もしヒューマノイドがずっと家に留まり、この先も家族として暮らし続けたとしても、それは都合よく作られた代替品によって、直視すべき悲しみを麻痺させているに過ぎない。息子を失ったという喪失を乗り越えたのではなく、目の前の精巧な幻影に依存し、現実から目を背け続けているだけ。それでは、夫婦の止まった時計の針は本当の意味で動き出さない。
これまで『幻の光』や『歩いても 歩いても』といった過去作において、遺された者たちが不在をどう受け入れるかを描き続けてきた監督が、本作で導き出した答え。それは、喪失の反復だ。ヒューマノイドが自らの意思で親の元を去り、森へと向かっていくプロセスを見届けることで、音々と健介は二度目の子離れを経験する。一度目は不条理な出来事による強制的な別離だったが、二度目は自らの意思を伴う別離の受け入れ。この痛みを伴う手放しの儀式を経て初めて、彼らは息子がもういないという現実を深く受容する。

ドローンによる俯瞰ショットで無機質な「箱」のように切り取られた甲本家は、音々が過去のトラウマを閉じ込めていた、悲しみの箱庭そのもの。ここに、タイトルの由来でもある小説『星の王子さま』と、スノードームというモチーフが見事に重なり合う。絵本の中の王子さまが、四角い箱のイラストを見て「中に見えない羊がいる」と喜んだように、音々もまた、ヒューマノイドという空っぽの「箱」の中に亡き息子の幻影を当てはめていたのだ。
しかし、翔がスノードームの中から王子を外に出そうとする行為をきっかけに、音々もまた自らを縛り付けていた悲しみの殻を破る決意をする。ヒューマノイドの翔がその箱(家)を出て、独自のネットワークが広がる森へと去っていく姿は、音々自身が悲しみの箱庭から抜け出し、静かに前へと新たな一歩を踏み出すための契機となっている。
AIとかりそめの家族になるという安易な癒やしを拒絶し、悲しみを受け入れて前を向くこと。それこそが、是枝裕和が自らのメソッドを解体してまで辿り着きたかった、グリーフワークの真の到達地点だったのだろう。絆の結びつきからその終わりまでを繊細に描き出してきた監督にとって、『箱の中の羊』はこれまでの歩みを地続きに受け継ぎつつ、新たな問いへと自らを押し進めるための確かな転換点となっている。
■公開情報
『箱の中の羊』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:綾瀬はるか、大悟(千鳥)、桒木里夢、清野菜名、寛一郎、柊木陽太、角田晃広、野呂佳代、星野真里、中島歩、余貴美子、田中泯
監督・脚本・編集:是枝裕和
音楽:坂東祐大
製作:フジテレビジョン、ギャガ、東宝、AOI Pro.
制作プロダクション:AOI Pro.
配給:東宝、ギャガ
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