『惡の華』『るなしい』『君が死刑になる前に』 なぜ木曜深夜に“本気”が集結?

『るなしい』:原菜乃華が引き込む自己実現とカルトの境界線

そして木曜24時30分、テレビ東京『るなしい』。原菜乃華を主演に据えた宗教純愛サスペンスだ。意志強ナツ子による同名漫画は、2022年上半期『週刊文春エンタ漫画賞!』最高賞を受賞。「火神の子」として生きる女子高生・郷田るなが、初恋の人気者・ケンショー(窪塚愛流)への復讐心から、彼を信者ビジネスに引きずり込んでいく。脇を固めるのは本島純政(幼馴染・スバル)、影山優佳(後輩・大内塔子)、根岸季衣(おばば)ら。
このドラマが鋭いのは、「自己実現」「夢は叶う」「あなたは輝ける」といったフレーズの胡散臭さを、宗教ビジネスを通じて浮かび上がらせる点だ。
自己啓発セミナー、SNSのインフルエンサー、就活の面接対策に染み渡るこの言葉たちと、カルトは地続きである。そのことを、少女漫画のきらめきと、鍼灸院の奥のおどろおどろしさの落差で見せていく。「神の子」の才能が人を輝かせる力であるなら、それは紙一重で人を闇に引き込む力でもある。光と影が同じ光源から生まれていることを、画面そのものが語っているのだ。

旧統一教会問題が解散命令と韓鶴子総裁逮捕を経てなお棚上げされ続け、衆院選では教団との接点が指摘された議員が大量に当選した——その2026年の春に、宗教二世の物語を地上波で放送する意義は重い。
NHK連続テレビ小説『あんぱん』で可憐なヒロインの妹を演じた原菜乃華が、連ドラ初主演でこの役に挑んでいる。野暮ったさと貫禄を同時に放つ稀有な佇まいは、見るほどに「この役はこの人しかいない」と思わせる。窪塚愛流が原作の翳りを脱ぎ捨て、より無垢な青年として刻むケンショーもまた切ない。
なぜ「木曜深夜」が主戦場となったのか
ここで思い起こされるのが、特定の曜日・時間帯に良作が偏って集まる現象が、近年も周期的に起きてきたという事実だ。
とりわけ目立っていたのは、火曜22時。2024年後半、火曜22時のNHKドラマ10は、批評的に骨のある作品を続けて送り出していた。河合優実主演『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』や、窪田正孝主演『宙わたる教室』などが数々の賞を受賞。同じ時間帯のTBS火曜ドラマでは、『西園寺さんは家事をしない』が配信を中心に大きな共感を呼んだ。題材も切り口もまったく違うが、火22時で「家族や共生や学びを真正面から考えるドラマ」が奇しくも並んだ時期だった。
つまり、ドラマ史を振り返ると、攻めた企画はいつも「どこかの曜日・どこかの時間帯」に偏って集まる傾向がある。問題は、その「どこか」が今期は木曜深夜だ、ということだ。なぜ火曜22時ではなく、木曜深夜なのか。考えられる理由はいくつかある。
ひとつは、KPIの転換だ。視聴率という従来のものさしだけで測れば、深夜枠は数字が出にくい。しかし、配信プラットフォームの伴走と独占配信によって、初回視聴率ではなく総再生数や完走率、SNSでの語られ方が物差しとなる時代に入った。木曜深夜の三作はいずれも独占配信の出口を持ち、放送と配信の二段構えで熱量を回収する構造になっている。視聴率に縛られないからこそ、踏み込んだ題材を踏み込んだまま放送できる。プライムタイムでは難しい設計が、深夜枠なら通るのだ。
もうひとつは、編成側の意思だ。読売テレビ木曜23時59分枠は、プロデューサー・矢部誠人を軸に、ジャンル横断的に踏み込んだ題材を継続的に投下している枠として、固有の色を獲得しつつある。テレビ東京の木曜24時帯も、ウェブコミック原作の不倫略奪復讐モノが増えていたなかで、『惡の華』『るなしい』のように「抑圧された個と、社会の閉塞感からの開放」を地続きで扱う作品を同時に投入したことには、明確な編成判断が透けて見える。「枠の色を作りにいく」という意思が、3局それぞれに同時発動した結果として、木曜深夜が今期の主戦場になった。
そして最後に、視聴者の側の変化もある。リアルタイム視聴を前提としない時代だからこそ、放送時間帯は「いつ録画するか」「いつ配信を見るか」の入り口にすぎない。深夜帯は、もはや「ニッチに追いやられる場所」ではなく、「ターゲットを狙い撃つ場所」として再定義されつつある。
熱を持った企画は、置かれる場所さえあれば必ずどこかに浮上してくる。火曜22時にそれが集まった時期もあれば、いま木曜深夜にそれが集まる時期もある。次にどの曜日・どの時間帯に「本気」が集まるのかを占うために、いま木曜深夜に起きていることをきちんと見届けておきたい。





















