『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』なぜ大ヒット? “共感”を呼ぶ構造を紐解く

映画『スーパーマリオ』なぜ大ヒット?

 4月18日21時より、フジテレビ系『土曜プレミアム』にて映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』が放送される。言わずと知れた任天堂の看板タイトルにして大ヒットゲーム、『スーパーマリオブラザーズ』シリーズを原作とする2023年上映のフルCGアニメ映画である。『怪盗グルー』や『ミニオンズ』などで知られるイルミネーションと任天堂の共同制作によって誕生した。

 マリオの生みの親である宮本茂をはじめ、任天堂のチームも参加しているが、大元の制作は海外のため、外国映画に位置づけられる。ただ、本作は日本国内でも広く受け入れられ、興行収入140億円超えという歴史的な大ヒットを記録した(※)。

『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』最終トレーラー(吹替版)

 なぜ、日本国内でもこれほどの大ヒットになったのか? 「そりゃマリオですし」との回答がBダッシュの勢いで返ってきそうだが、それも事実。現に40年近く愛され続けてきた名作ゲームの実写ではないCGアニメだ。直撃世代なら自然に足を運んでしまう魅力がある。

 とはいえ、本作がリピーターを続出させるほどの支持を得た点を踏まえると、知名度だけが原動力になったとも言い難い。では、それ以上の原動力とは何だったのか。それは共感を呼び起こす構造が確立されていたことにあると筆者は考える。

マリオを動かす“もどかしさ”も失敗シーンとして忠実に描写

 共感を呼び起こす構造は2つある。ひとつに「マリオを動かす楽しさともどかしさ」。

 極論かもしれないが、マリオのゲーム――主に『スーパーマリオブラザーズ』に代表されるアクションゲームのシリーズ作品は、「マリオを動かす楽しさともどかしさ」が体験の肝になっている。

 重要なのが「もどかしさ」の共存だ。飛び移るつもりでジャンプした足場に一歩届かず穴に落ちてしまったり、ダッシュ中の制御を誤って敵と正面衝突したりなどなど。

 思うがままに動かせる楽しさがある一方で、それを上手にコントロールすることが求められるのもマリオのアクションゲームの醍醐味であり、それが挑戦意欲を刺激すると同時に、悔しい気持ちを呼び起こすのだ。

『New スーパーマリオブラザーズ U デラックス』(Nintendo Switch)より

 映画はそんなマリオのアクションゲームにおける“酸いも甘いも”映像とストーリーに落とし込んでいた。そもそも、本編ではマリオが結構な数の失敗と困惑を繰り返す。足場からの落下は序の口。ワープ土管の繋がりが分からなくて右往左往したり、強敵への対抗手段が分からず慌てふためいたり、はたまたパワーアップアイテムだと思って手に入れたものが弱体化アイテムで、大ピンチに陥ってしまったり。

 「自分もゲームでこういう失敗をしたな……」との共感を呼び起こす描かれ方をしていたのだ。これもあって、映像を観ているはずなのにマリオを直接動かして、四苦八苦しているかのような気持ちが湧いてくる構造が出来上がっている。原作ゲームの経験がある人はなおさら、経験がない人でも元々のマリオで舞台になる地形がハチャメチャなのも相まって「それはそう」と納得できるのである。

 そのような共感と一体感を呼ぶ構造が映像とストーリーに落とし込まれると同時にハイテンポで進行する作りにしたことで、ひとつのアクションゲームを遊び終えたような満足感と爽快感を本作では得られる。思うにリピーターを生むほどだった原動力はそこにあるのだろう。もし、これでマリオが最初から最後まで完全無欠の失敗知らずな活躍を見せる内容であれば、生まれるかどうかも怪しかった。

 なぜならそこには共感がないからだ。「そうはならんだろ」「出来すぎ」となって気持ちが引く。映像的には派手で見応えがあるかもしれないが、マリオのゲームでは「もどかしさ」から派生する「しくじり」も意外に面白く、セットで語られやすい。

 そこも余すことなく描いた本作は、結果として直撃世代から初めてマリオを知った人たちの共感を呼び起こし、今日の結果へと繋がったのだろう。

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