『ウィキッド 永遠の約束』が現代に突きつける政治性 エルファバとグリンダがかけた“魔法”

『ウィキッド』の原作者グレゴリー・マグワイアは、まさにこの『オズの魔法使い』が持つ政治性を出発点として、物語を再構築したのではないかと考えられる。彼が小説を執筆した当時、そこには湾岸戦争への問題意識が色濃く反映されていたと考えられ、ブロードウェイでミュージカル化された際には、その指摘がイラク戦争へとシフトしていった。
つまり『オズの魔法使』を政治的な作品として読み解くのであるなら、『ウィキッド』というプロジェクトは、形式こそ二次創作ではあるものの、その時代時代が抱える不条理を反映させ続けてきたという意味で、原作が持つ精神性を、じつは正当に継承している作品だったのだといえるのではないか。
では、本作『ウィキッド』が現代に突きつける政治性とは、一体どのようなものなのだろうか。まず第一に挙げられるのは、無理解や無知が引き起こす差別の深刻さである。主人公エルファバの緑の肌、あるいは言葉を奪われていく動物たちや虐げられるマンチキンたちへの蔑視感情は、単なる偏見を超え、やがて排外主義という名の暴力へと変化していく。
完結編である本作では、民衆がいかにして扇動され、その集団的な悪意が具体的な力の行使へとどのように繋がっていくかが描かれる。ここで映し出されていく光景は、もはやファンタジーのなかの出来事ではない。現代社会におけるヘイトスピーチやヘイトクライム、そして、その延長線上にある湾岸戦争やイラク戦争、いまこの瞬間も世界で続いている紛争や戦争を引き起こす、根源的な問題そのものなのである。遠く離れた日本でも、近年とくにそうした社会問題に揺れているところだ。
ここでとくに注目すべきは、作品の根底に流れる社会観における、徹底的なまでの“諦念”である。体制のシステムに乗り、権力の意向を伝えるだけの無力なグリンダが喝采を浴びる一方で、社会の欺瞞を暴こうとするエルファバが絶対的な悪として血祭りにあげられようとする。劇中に登場する、「人は信じたいものを信じる」という言葉が象徴するように、ここでは市民の大半がマダム・モリブル(ミシェル・ヨー)による巧妙なイメージ戦略に軽々と乗せられてしまう、思考停止した存在として描かれているのだ。
通常のエンターテインメントであれば、クライマックスにおいて権力の嘘が白日の下にさらされ、市民が真実に目覚めるというカタルシスが用意されるだろう。しかし本作が選んだのは、あえて市民に真実を知らせないという、異様ともいえる展開であった。もちろん、この展開は『オズの魔法使い』という既存の物語へ繋げるための必然的なプロットだったのかもしれない。しかしそれを差し引いたとしても、一般市民という存在をここまで徹底して信用せず、変革の物語から除外する姿勢は、もはや攻撃的なほどに顕著である。
こうした諦念は社会風刺としての側面を持つ一方で、ある種のエリート主義的な傲慢さをはらんでいるといえるかもしれない。グリンダが既存のシステムを利用し、民衆をコントロールすることで社会を緩やかに進歩させようとする手法は、清濁を併せ呑むリアリズムとして局所的な効果を発揮するかもしれない。しかしその統治は、結果として既得権益の構造を温存させ、抜本的な変革を阻害する危険性もある。
そのような欺瞞に満ちた方法を選ばねば、結局はより大きな悪を勝利させ、世界を修復不能な混沌へと導いてしまう……そんな、民衆の知性に対する作者の諦めこそが、本作の土台にある。だから世界を救うためには、“嘘”という毒を人々に飲ませなければならないというのだ。この救いようのないニヒリズムと苦いリアリズムこそが、華やかなファンタジーを装った本作の中核をなしていることは間違いない。
本来、エルファバのような正義に基づく反体制活動と、システム内で利益を享受しながら進歩を模索するグリンダの姿勢は、並列に置かれるべき要素ではないだろう。しかし、そんなアンバランスな二つの価値観を無理にでも並列させ、互いに「あなたのおかげで、より善い自分になれた」と讃え合わねばならない、ある種不自然ともいえるメッセージ自体が、人々との対話がもはや断絶し、真実が力を失う社会の病理を反映しているともいえるのではないか。
だが一方で、異なる立場にある人々が、それぞれの立場のなかで少しでも“善い存在”を目指そうとする“遅い歩み”もまた、社会全体が最悪を回避し、改善へと向かうためには不可欠だという考えは、理想的ではないにせよ、確かに一考に値する考え方であるのかもしれない。ことに現在では、そう思うようになった人も少なくないのではないか。
アメリカを代表するファンタジーを基に、豪華で華やかな世界を描き出した『ウィキッド』2部作。しかし、その結末を描く本作が発表されたことで、その中心に存在していたのは、世界を善くしたいと願うからこそ、選ばれた個人のささやかな善性と知恵にすがるしかないという、きわめて現実的な“消極論”であったことが、より顕在化することになったといえる。
だが、階層の断絶を超えて、二人の女性が束の間でも心を通わせ、巨大な悪に対して共闘したという作中の事実は、本作にとって小さなものではない。そこで示される共感の可能性こそが、おそろしい混沌に包まれた現代において、実効的な光を放つ唯一の“魔法”であるのかもしれないからである。
■公開情報
『ウィキッド 永遠の約束』
全国公開中
出演:シンシア・エリヴォ、アリアナ・グランデ、ジョナサン・ベイリー、イーサン・スレイター、ボーウェン・ヤン、マリッサ・ボーディ、ミシェル・ヨー、ジェフ・ゴールドブラム
日本語吹替版キャスト:高畑充希、清水美依紗、海宝直人、田村芽実、入野自由、kemio、ゆりやんレトリィバァ、塩田朋子、大塚芳忠ほか
日本語吹替版スタッフ:三間雅文(台詞演出)、蔦谷好位置(音楽プロデューサー)、高城奈月子(歌唱指導)、いしわたり淳治(日本語歌詞監修)
監督:ジョン・M・チュウ
脚本:ウィニー・ホルツマン、デイナ・フォックス
製作:マーク・プラット、デヴィッド・ストーン
原作:ミュージカル劇『ウィキッド』(作詞・作曲:スティーヴン・シュワルツ、脚本:ウィニー・ホルツマン)/ グレゴリー・マグワイアの原作小説に基づく
配給:東宝東和
©Universal Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://wicked-movie.jp


























