『テミスの不確かな法廷』を通して考える“正しい大人”に必要なこと 伊東蒼の言葉の重み

「司法の場を舐めるなよ」
『テミスの不確かな法廷』(NHK総合)第4話では、かつて「伝説の反逆児」と呼ばれた門倉(遠藤憲一)が、混じり気のない真実を追い求める安堂(松山ケンイチ)の姿勢にその魂を呼び起こされる。
八御見運送のドライバー・佐久間(清水伸)が起こした死亡事故の原因をめぐる裁判。佐久間の娘で、原告の絵里(伊東蒼)が疑う過重労働を裏付ける証言が得られそうだったが、安堂がおかした特性によるミスによって白紙となる。安堂から裁判官を続けるべきか否かを問われた検察官の父・結城(小木茂光)は「かけるべき言葉が見つからない」としてジャッジを下さなかった。12歳の時に両親が離婚し、母親に引き取られた安堂。彼が“普通”であることに固執するのは、離婚原因が自分の障害にあると考えているからなのだろうか。

いずれにせよ、父親から明確な答えを得られなかった安堂は辞表をデスクの引き出しに隠し持ちながら、“普通”の人より欠落した部分を補うかのように、いつも以上に全力で真実を追い求めていく。その凄まじい気迫は、これまで事なかれ主義に見えていた書記官の荻原(葉山奨之)と八雲(山田真歩)を動かすほど。
そんな中、原告代理人・穂積(山本未來)の執念の追及で新事実が明らかになる。佐久間は日常的に、道路運送車両法で定められた最大積載量を超える荷物を運搬していた。
2024年4月、物流業界に働き方改革関連法が適用され、トラックドライバーの時間外労働は年間200時間ほど短縮されたとされる。しかしながら、慢性的なドライバー不足も重なって、物流需要に供給が追いつかなくなっていること、運搬量減少に伴う経営難で中小企業が倒産の危機に陥っていることについては、前回も触れられた通り。そこから現在、会社が一度に多くの荷物を運ぼうとドライバーに過積載を強要し、結果として事故が多発していることが問題視されているのだ。
佐久間も過積載でハンドルをコントロールできず、事故を起こした可能性が極めて高かった。八御見運送の元社員・富樫(森岡龍)の「過重労働はなかったけど、あった」という不可解な言葉は、そういう意味だったのである。穂積は他の下請け会社でも同様のことが行われていたとみて、委託元であるオールタイム急便の取締役・加賀美雄一郎(長谷川朝晴)に対して証人尋問を行うことを決定。もし、加賀美が下請けに過積載を強要していたとなれば、今回の事件が物流業界全体の問題として大きく取り沙汰され、法規制を中心となって進めてきた法務大臣にも累が及びかねない。加えて、加賀美は政界とも繋がりを持っており、オールタイム急便は官僚たちの退職後の天下り先となっていた。ゆえに門倉のもとには同期である最高裁事務総局を通じて「今回のことは一中小企業の話に留めるように」との圧力がかかる。
日本では、内閣、国会、裁判所という3つの独立した機関が相互に監視・抑制し合うことで権力の濫用を防ぎ、国民の権利と自由を保障している。しかし、裁判所は人事や予算の面でほか2つの機関に干渉を受けているのが実態だ。かつては権力におもねることなく、愚直なまでに真実を追求して正しく人を裁き、「伝説の反逆児」と呼ばれた門倉も出世街道から外れて地方裁判所を転々とさせられていた。そんな彼の今の希望は定年まであと2年を波風立てずに過ごし、東京で公証人になること。公証人は法律実務に長年携わり、公募に応じた者の中から「法務大臣」が任命する。「二度と悪目立ちするな」。それが、事務総局が門倉に授けたアドバイスだ。

反逆児とは、「社会の常識や権威に逆らい、独自の信念に従って行動する人」を指す言葉だが、「人」ではなく「児」という漢字が使われていることに注目したい。安堂は『六法全書』を「生きるための教科書」と表現した。法律は、社会秩序を維持するために、その国で暮らす人々に課せられた共通ルール。しかし、それさえ守っていれば、社会でうまくやっていけるとは限らない。法律のほかにも、暗黙のルールが存在し、空気を読んで行動することが求められる。たとえそのルールが倫理や道徳に反していても、組織で生きていくために違和感をグッと呑み込んで従う。それができない人はしばしば「未熟者」として扱われがちだ。門倉もその現実を思い知ったのだろう。ある時から思考を停止し、提出された証拠を疑うこともせず、処理件数を上げることだけに徹してきた。それが「大人」になったことの証だとするなら、なんと物悲しいのだろう。彼の口癖である「まぁ、うまくやるさ」には個を捨て、社会に迎合した自分への憐憫が滲み出ている。
そんな門倉の心に刺さったのが、社会に迎合したくてもできない安堂の言葉だった。





















