『あんたが』『めおと日和』などから考える“恋愛ドラマ”の変化 2025年ドラマ座談会【前編】

2025年ドラマ座談会【前編】

“神々の世界”を見せつつあるNetflixドラマ

『グラスハート』Netflix独占配信中

ーー作家性という点では、『もしがく』が数字的に苦戦したことも今年のトピックでした。

木俣:三谷幸喜さんの『もしがく』は、演劇的な手法ーー最初は登場人物が多くて状況が分からないけれど、我慢して観ていると最後に全てが繋がる快感が得られるーーという作り方が、今のテレビドラマの視聴習慣と合わなくなってきているのかもしれません。映画や演劇なら、観客は劇場という箱に閉じ込められているので最後まで付き合ってくれますが、テレビドラマは第1話の冒頭で「分からない」と思われたら、チャンネルを変えられてしまう。

田幸:今回は特に「顔見せ」のような第1話で、最後の10分、15分になるまで面白さが伝わりにくい構成でした。第2話も同様で、三谷さんならではの尻上がりに面白くなっていくスロースターターな作りが、今の「タイパ」重視の視聴者には待ってもらえなかった印象です。

木俣:あと、これは私の個人的な不満なんですが、演出家が「何かやろうとしすぎている」部分も気になりました。例えば、井上順さんがちょっと面白いことをやるシーンで、音楽を被せたり、カメラを動かしたり、カットを割ったりして、演出で「面白さ」を強調しようとする。でも、三谷さんの脚本や、井上さんのようなベテラン俳優の演技は、引きの画でじっくり見せるだけで十分面白いんです。俳優の全身から出る面白さを信じて撮ってほしかった、という演劇ファンとしての口惜しさはあります。

成馬:スピード感の話で言うと、今の若手脚本家の作品は展開が速いですよね。『あんたが』なんて、第1話で主人公が反省して、料理まで作って内面がアップデートされてしまう。僕の感覚だと最終回でやるようなことを初回でやって、そこからさらにゲームのRTA(リアルタイムアタック)のように更新し続けていく。『フェイクマミー』(TBS系)もそうでしたが、今の新人は「第1話で、なんなら最初の10分で勝負が決まってしまう(視聴者が離れてしまう)」という危機感がすごい。それに対して三谷さんや岡田惠和さんのようなベテランは、「最終話まで観てもらえれば分かる」という、かつてのテレビドラマの体感速度で書いている。そのスピード感のズレが、リアルタイムの評価に表れてしまったのかもしれませんが、逆に言うと、全話終わった今の方が『もしがく』や岡田さんの『小さい頃は、神様がいて』(フジテレビ系)は、観やすいかと思います。

田幸:その点、『ぼくたちん家』のように、河野英裕さんのようなベテランプロデューサーが新人の脚本家と組んで、プロットやセリフを徹底的に練り上げるスタイルは成功していましたね。プロデューサーが「今のスピード感」を理解しつつ、新人の才能を引き出す。この「二人三脚」が機能している作品は強かったです。『フェイクマミー』は、元々TBSの新人シナリオ賞の受賞作を連ドラ化したものですが、受賞者だけでなく他の候補者もチームに入れて、複数人で脚本を書くショーランナー制に近い作り方をしていました。一人の天才作家を発掘するだけでなく、チームで書くことを前提に新人をフックアップしていく流れは、今後さらに加速しそうですね。

成馬:2025年のメディア状況で面白かったのは、Netflixのラインナップです。『グラスハート』や『イクサガミ』など、佐藤健さんや岡田准一さんのようなトップスターが、「俺がやりたい企画」を実現させている。特に『グラスハート』の佐藤健さんはすごかった。あまりにカッコよすぎた。「カッコいいこと」だけで貫き通す潔さ。地上波のドラマがどんどん社会派になり、等身大の人間や多様性を描くようになっている一方で、Netflixはスターの輝きを見せることに特化した神々の世界になりつつある。この二極化は非常に面白い。

木俣:確かに、地上波はお金がない分、知恵と工夫で社会的な弱者や多様性に目を向けた「我々の物語」を作り、Netflixは潤沢な予算でセットも衣装も豪華な「スターの物語」を見せる、という棲み分けが明確になってきましたね。地上波でもスター俳優が「地味で誠実な役」を演じることが増えていて、個人的には「もっと暴れてくれ! キラキラしてくれ!」と思うこともあります(笑)。NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の主演を務めた横浜流星さんは本当に素晴らしかったのですが、身体能力にも優れた方だけに、その力が発揮されるような大河を観てみたかった欲もあります。だから『イクサガミ』の最後に彼が登場するシーンを観たときは、「待ってました!」と叫びたくなりました(笑)。

成馬:昔の映画スターを見るような感覚ですよね。「特別な存在にお金を払いたい」という層は確実に存在するので、推し活の課金文化とも相性がいい。地上波でリアリティのある新人脚本家の作品や社会派ドラマを楽しみつつ、Netflixで現実離れしたスターの輝きを浴びる。視聴者にとっては、ある意味でバランスの取れた贅沢な環境なのかもしれません。最後に触れておきたいのが、野木亜紀子さんの『ちょっとだけエスパー』(テレビ朝日系)と、NHK夜ドラの『いつか、無重力の宙で』です。『ちょっとだけエスパー』は、超能力を持ったおじさんたちが主人公ですが、「就職氷河期世代」の物語として僕は観ていました。正社員になれず、結婚もできず、社会から浮いてしまった世代の悲哀。野木さんは「選ばれなかった人たち」に対する目線をずっと持ち続けている。

田幸:『いつか、無重力の宙で』は、30代の描き方がすごくリアルでした。ブラック企業でもないし、みんな真面目に働いているけれど、どこか閉塞感がある。モラトリアムではなく、生活はあるけれど何かが足りない。

成馬:そこで宇宙が出てくるのが面白いですよね。2024年の『宙わたる教室』(NHK総合)や『僕達はまだその星の校則を知らない』(カンテレ・フジテレビ系)のような宇宙もの、あるいは学問をテーマにした作品が増えていますが、あれは人間関係のしがらみや解決不能な社会問題から離れて、物理法則という絶対的な真理に触れたいという、現代人の逃避願望や祈りのようにも感じます。

田幸:学術系の書籍が売れているのもそうですよね。人間主体のドロドロした物語に疲れて、知性や学問、あるいは自分たちを超越した大きな存在に救いを求めている。「人間」としての地上波ドラマに疲れ、「神話」としてのNetflixに憧れ、最終的には「宇宙」へ逃避する……。

木俣:星空を眺めて涙するような、そんな遠いものへの憧れでしか満たされない心の隙間が、今の時代にはあるのでしょうか。『ばけばけ』のハンバート ハンバートによる主題歌「笑ったり転んだり」で、〈日に日に世界が悪くなる〉の歌詞を背景に主人公二人が笑っているのも、それに通じる「諦念とささやかな幸福」を感じさせます。現実が厳しくなればなるほど、私たちはドラマの中に「ここではないどこか」や「あり得たかもしれない過去」、そして「手の届かない星空」を求め続けるのかもしれません。

(後編へ続く)

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