荻野洋一の「2025年 年間ベスト映画TOP10」 ディストピア化した世界にとっての救いの接吻

荻野洋一の2025年ベスト映画TOP10

 リアルサウンド映画部のレギュラー執筆陣が、年末まで日替わりで発表する2025年の年間ベスト企画。映画、国内ドラマ、海外ドラマ、アニメの4つのカテゴリーに分け、映画の場合は、2025年に日本で公開・配信された作品から、執筆者が独自の観点で10作品をセレクトする。第11回の選者は、映画評論家の荻野洋一。(編集部)

1. 『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
2. 『ブルータリスト』
3. 『ミステリアス・スキン』
4. 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』
5. 『カーテンコールの灯』
6. 『海辺へ行く道』
7. 『メガロポリス』
8. 『けものがいる』
9. 『ミゼリコルディア』
10. 『あかるい光の中で』

 戦争、憎悪、差別、報復、加害、ネグレクト、スポイル――かつてはSF映画のお決まりの舞台設定にすぎなかったディストピアに、私たち人類はじっさいに近づいてしまっている。ディストピアはもはやサイエンスでもフィクションでもない。今、ここにある恐怖と絶望である。それでも終末の瞬間までは、私たちは生きなければならない。

 2025年トップテン1位『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』は、かつては男性中心社会の中で力強く共闘した2人の女性著述家(ティルダ・スウィントン&ジュリアン・ムーア)が、末期癌に冒されたひとりの終末期を一緒に過ごすために別荘を借りる。私たち人類はすでに、この〈別荘を借りる〉という最終段階に来てしまっているのではないかと思う。クィアな映画作家であるペドロ・アルモドバルは女性どうしの連帯を、情熱と慈愛をこめてずっと描いてきた人。初の英語作品となった今作はミニマルながら集大成となった。もはや真のアメリカ映画はスペイン人が代わりに撮ってあげる時代となった。

『ブルータリスト』©DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES ©Universal Pictures

 逆にアメリカ人のブラディ・コーベット監督『ブルータリスト』は、ぜんぜんアメリカ映画らしくない。主人公ラースロー(エイドリアン・ブロディ)は、『戦場のピアニスト』(2002年)の主人公(同じくエイドリアン・ブロディ)の生き写しに見える。ラースローはユダヤ系ハンガリー移民の建築家で、同じくハンガリー系であるキング・ヴィダー監督の『摩天楼』(1949年)ときわめて近しいところに『ブルータリスト』がきっと位置していることを、アメリカ映画ファンの方なら共感していただけるかと思う。シオニズム的なラストシーンは鼻白んだが。

『ミステリアス・スキン』©️MMIV Mysterious Films, LLC

 初公開された日系アメリカ人監督グレッグ・アラキの2004年作品『ミステリアス・スキン』には、痛ましさと美しさが奇跡のように同居していた。2人の青年がかつて少年野球コーチに性被害を受けていたことによるPTSDが癒えずに、自己スポイルしていくさまは痛ましい。この内容に「美しさ」という用語で応じてしまう我が安直な精神を呪うべきなのだが、じっさいこの作品の美しさは尋常ではないのである。なお、性被害のPTSDに苦しみ、薬物中毒に陥っている青年を、『ブルータリスト』の監督ブラディ・コーベットが演じている。

『カーテンコールの灯』©2024, Ghostlight LLC.

 痛ましさと美しさが同居するという点では、欠損、喪失、空虚に満ちた劇場版『チェンソーマン レゼ篇』と『カーテンコールの灯』も同様である。しかし英ガーディアン紙の批評家マイク・マッカーヒルは劇場版『チェンソーマン レゼ篇』について、「この作品の芸術性はまぎれもない」としつつ、「しかしこれは男性向け(male-oriented)だろう」と評した。女性キャラクターの扇情的かつ媚態的な描写のことを評しているのはまちがいない。イギリスにおけるリベラルの牙城たる天下のガーディアンでさえ、こんな浅薄な映画評に終始してしまう時代だ。

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』©2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ/集英社

 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』は単なるmale-orientedな作品ではない。同じくイギリスの批評家ローラ・マルヴィがかつて提唱した「Male Gaze(男性のまなざし)」の問題系それ自体をテーマに据えた批評的作品であることを、マッカーヒルのようなイギリス男性には読み取れないのだろうか。ロシアで改造をほどこされた暗殺者少女レゼが、ハニートラップで主人公デンジを死に追いやるプロセスで生じた計算違い。その激しい矛盾、火花の凄絶さを、このアニメーションの傑作に見てとらねばならない。

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