『ばけばけ』の明治と現代を繋げる巧みな“フレーミング” “分からない”ことが楽しみに

明治維新の後の日本を舞台にしている『ばけばけ』は、結婚観や外国人に対する言葉など旧来人々が持っていた価値観や眼差しが登場するため、どうしてもしばしばいたたまれない気持ちになる。しかし本作がそれでも視聴者を置いていかないのは、そうした古さを「昔だから仕方がない」とするのではなく、今と接続し呼応する演出を取り入れているからではないだろうか。
たとえば錦織は英語が堪能で西洋文化に精通しているため、当然外国人には偏った眼差しを向けない。ところが三味線や女性の化粧に魅せられたヘブンが、それとは知らずに遊郭へ入り込んだ際「自分はそのような場所には入れない」と連れ戻しに入らない。トキやサワ(円井わん)が「いるんだよね。そこで暮らしてる私たちはどうなるんだって!」と鼻白むとおり、錦織は遊郭や遊女へは差別意識があり、のちに謝罪をする。
トキも初めはヘブンの高い鼻を見て反射的に「天狗だ!」と沸き立っていたが、何かの拍子に触れたヘブンの手の震えを見逃さなかった。そしてあるとき周囲に「ヘブン先生は私たちと同じ人間です」と話す。実際、ヘブンのモデルである小泉八雲は、幼少期に事故で片目を失明してから内向的になり、やや神経質で時に癇癪を起こしたという記録がある。ドラマの中でも、執筆中にトキがうるさくすると怒鳴るシーンがある。しかしトキの一言によって、たった一人で日本にいるヘブンの恐怖が全面に現れ、視聴者の共感を得る。

こうした創作上のささやかなリフレーミングが、現代の私たちにきわめて有効なのだ。そしてヘブンもまた、過去に黒人女性と幸福な結婚をしたが周囲の白人たちの差別意識に阻まれた経験で深く傷ついた一方で、女中を選ぶ際「百姓ではなく士族の娘がよい」と錦織に伝えており、視野の狭さを感じなくはない。こうして人間性の濃淡が幅広いキャラクターにこそ、私たちは励まされる。
そもそも真にいいドラマは、教訓めいた説話とは趣を異にし、ひとりひとりの人間や彼らや彼女たちの関係性のレイヤーを丁寧に見せるものだ。善悪を簡単に対立させず、欠陥とミスを繰り返して生きるしかない人間の哀切を愛おしく描き切る。それこそ優れた映像作品である。
もう一つ作品に登場する動作の演出として、「スキップ」にも注目したい。ビールで酔ったヘブンは上機嫌にスキップをしてみせる。おトキもやってはみるが上手く行かず、ヘブンに笑われる。のちに部屋に飾っていた生け花をヘブンが心から愛していると知ったおトキの喜びが、苦手なスキップが突然できるようになるシーンとして表現されるように、まだ自覚していないヘブンへの恋心として暗示されるが、スキップは松江でひそかに広まり、“松江の神童”と呼ばれた錦織がからきしダメだったり、逆に曲げ頭の勘右衞門がかろやかに決めるなど、大部分は笑いどころとして劇中で機能している。舶来の見知らぬ奇妙な動き「スキップ」をする皆が、互いの不器用さに笑い転げたり、上達の早い人に目を見開いたりする様子は、異文化が交わる愉快で感動的な場面である。

さて、もはやヘブンとおトキが惹かれ合っているのはほとんどの視聴者は分かっているものの、二人にはもう少しだけ時間が必要なようである。知事の娘でヘブンに積極的なアプローチをしていたリヨ(北香那)をヘブンが受け止められなかったのは、彼の過去の悲しい結婚がゆえだった。「人と深くかかわることはやめたんです」と、恋人も友人も誰に対してもすべて“通りすがりの人間”として生きていくと頑ななヘブン。その罰を背負ったような人生を、おトキが救うに違いない。ヘブンとおトキは満足に言葉が通じず、もどかしい瞬間に何度となく直面する。これもおタエたちのように自分とは違うものや人による価値観の変化で“己の存在”が揺らぐことへの恐れに直面していると言えるが、言葉ではなく絵で表してみたりと、二人はその都度互いの“分からなさ”すら楽しみ、理解できるようすりあわせている。下手なりにスキップを楽しむおトキが軽々とできるようになった瞬間のように幸福な時間を迎える日は、そう遠くはないはずだ。
■放送情報
2025年度後期 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:髙石あかり、トミー・バストウ、吉沢亮、岡部たかし、池脇千鶴、小日向文世、寛一郎、円井わん、さとうほなみ、佐野史郎、北川景子、シャーロット・ケイト・フォックス
作:ふじきみつ彦
音楽:牛尾憲輔
主題歌:ハンバート ハンバート「笑ったり転んだり」
制作統括:橋爪國臣
プロデューサー:田島彰洋、鈴木航、田中陽児、川野秀昭
演出:村橋直樹、泉並敬眞、松岡一史
写真提供=NHK






















