TVerが成長を続ける秘訣は? プロダクト責任者が語る“新しいものに出会う”体験

“存在感をアピールしない”UIへ

ーーUIの工夫については何か意識してきたことはありますか?
宮島:私たちのサービスの主役はコンテンツなので、プロダクトに存在感があってはいけないとよく言っています。たとえばデザインの話をすると、広告のポスターではインパクトが大切ですが、アプリやWebサイトで「TVerです!」と訴える必要性は全くない。たとえばYouTubeを今見ると“YouTubeっぽさ”とはなんだろうと思うぐらい、YouTubeの赤色が全然ないわけですよ。
ーー徐々に消えていますよね。
宮島:YouTubeはTVer以上に雑多でいろいろなコンテンツがあるじゃないですか。サムネイルもバラバラなのにサービス全体の体験は均一で、そのばらつきが気になることはありません。すごく良く考えられているなと。「なんとなく見る」を突き詰めていったとき、我々が作っているプロダクトの存在感があるのはよくないと思うのです。存在感がない、というのは違和感がない、ということと同義です。アプリを操作しているときに「ん?」と手が止まるというのは良くない。これをゼロにすることが、プロダクトの目指すところ。例えば、検索をした時にしかるべき検索結果が返らずお問い合わせをいただくことがあります。もちろん検索精度に問題があるのであればそれはそれで問題なのですが、そもそもユーザーに検索してもらってる時点で、それはレコメンドの敗北なのではないか?と考える。わざわざ検索してもらわなくてもなんとなく見たいものに辿り着いている状態が良い。私たちが目指す究極の状態は“コンテンツ以外気にならないこと”です。没入感のある世界とはそういうことかなと思っています。
ーーなるべく存在感を消しつつ、それでも目的を持ってサービスを使っているというふうに思ってもらうということですね。
宮島:目に見えるところだけじゃなくパフォーマンス、あとは障害がないことも、そういうことに含まれるてくるのかなと。
ーーそれはUIの方というか、体験の方ですよね。
宮島:そうですね。両方でそういうことを実現していくのが、我々の目指すべき状態だと思っています。
ーーたとえば『世界陸上』やプロ野球の日本シリーズのように、一気にアクセスが集中する番組がありますよね。サービスの規模が大きくなるほど、瞬間的なトラフィックへの対応も重要になると思うのですが、どのような対策をされていますか?
宮島:事前にアクセスが多くなりそうだと分かるものに関しては、しっかりとインフラを増強して対応します。ビジネス面との両立も大切ですので、サーバー台数を増やすことなく受けられるように、アーキテクチャを最適化していくことにも日々取り組んでいます。もう1つの考え方として、絶対に動いていないといけないものと、我慢していただくものを“分ける”ということも今進めています。
ーー仕分けをされている、と。
宮島:たとえばユーザーがTVerを起動して、トップに並んでいる動画を見る。そこでユーザーごとにパーソナライズしてお届けできればいいのですが、その場合最適化するための負荷がかかってしまう。平常時に限れば問題はないのですが、瞬間的なトラフィックの集中がある場合はその負荷に耐えられない、ということは起こり得ます。そういった時もせめて人気なものは必ず見られる状態にする、視聴履歴は残らないけれど動画は必ず見られる、TVer上では検索はできないけれど検索エンジンやSNSから直接参照すればアクセスできる、など。全てを維持しようとすると難しいのですが、一部であれば維持できることもあるので、サービス提供を継続する方法として簡易モードを用意することは有用だと考えています。大きな災害が起こったときに情報を得るツールとしてTVerをご利用いただくことも増えてきました。放送局からの情報を提供するプラットフォームでもありますので、情報インフラとしての責任も果たしていきたいです。
AIの活用で広がる可能性
ーーエンジニアにもいろいろな領域があると思うのですが、その辺りの実情はいかがでしょうか?
宮島:大きく分けると広告配信を手掛ける広告プロダクトチームとユーザーにアプリやサイトを通して映像コンテンツを届けるサービスプロダクトチームの二つがあります。サービスプロダクトチームでは、開発組織をいくつかに分けて、それぞれの目的に合わせた開発ラインを複数走らせる形に最近切り替えました。大きな施策に取り組むチームや、短期的にユーザビリティを改善していくチームなどに分けて運用し始めたところです。TVerをまだまだ何倍にも大きくしたいので、ジャンプする取り組みも必要ですが、目の前ではユーザー体験の地道な改善もしていかないといけない。並行して両方やることをライン分けで実現しようと考えています。
ーーAIの技術をどう使いこなすかということも、開発者の資質が問われる部分だと思います。どのように活用しようと考えていますか?
宮島:開発体制でいえば、Claude CodeやGemini Code Assistの導入を導入して活用するようにはしています。AIが理解できる形で要件定義をして、AIがある程度書いた上でエンジニアが手を加えるといった形で、いわゆるVibe Codingに取り組んでいるチームもあります。ただ、それは新しいシステムを作るときに採用するくらいで、まだまだ会社全体で言えば、コードレビューや開発のフォローなどに使っているのが大半ですね。これからナレッジを貯めてスピーディーな開発ができるようにしていきたいと思っています。ユーザー向けにはユーザーに負担をかけない検索体験を実現するために、対話型のインターフェースで会話しながらユーザーの興味関心に最適な提案をする仕組みを作ろうとしています。
ーー検索して目的のものが出てこないといったところも、チャットボット型であれば応答できそうですね。
宮島:どのような使われ方をするかは出してみなければ分からないというのが正直なところです。TVerでは「ベータ版」のような形でトライアル的な位置付けの機能をリリースすることがこれまではなかったのですが、ユーザーの反応を見ながらブラッシュアップしていくというスタンスで新しい試みも積極的にリリースしようとしています。AIの力も借りながらスピーディーに挑戦を続けていければ。
ーーそれは楽しみですね。昨年、宮島さんが就任した際のプレスリリースで、従来のAVOD(広告ベースのビデオオンデマンド)に加えFAST(無料広告付きストリーミングテレビ)モデルへの取り組みも視野に入れると書いていた気がするのですが、今はどうなのでしょうか?
宮島:FASTとAVODの違いは、ながら見、受け身な体験、であるところにあると考えています。目的視聴ではない。「目的視聴」から体験を広げていきたいと考えている私たちにとって、FASTは答えの一つかもしれないとは思っています。しかし、その最適な形はまだ模索中の段階です。目的視聴は動画への注視率も高いため、広告価値も高いということもあり、ながら見に振り切ってしまうと広告価値が下がってしまう可能性もあります。セレンディピティの高い視聴体験を実現するにあたって、放送に近いFASTのフォーマットが最適な端末もあれば、そうじゃない端末もあると思います。スマートフォンはひたすら縦にスクロールするショートのようなフォーマットが浸透しているわけですし。放送という前例があるので、FASTはテレビと相性が良い可能性は十分あると思います。セレンディピティを高めるために、今あるVOD、ライブをうまく組み合わせて、24時間いつでも楽しんでいただけるようにしていきたいです。
ーーとても楽しみですね。将来の“TVer流FAST”の特徴は何になると考えていますか?
宮島:海外のFASTは本当の時間つぶしのツールという側面があると思うんですよ。同じようなフォーマットのFASTを作るかは、これから答えを探していきたいです。ただ、VOD、ライブも含め目的視聴を超えて回遊してもらいユーザーにコンテンツに出会ってもらう、これは揺るぎません。そのために私たちは、FASTという言葉をもう少し広く捉えて、TVerらしい「ながら見」を実現しようとしているといったところでしょうか。プロダクトとしては、セレンディピティの行き着いた先だと思っています。
ーー最後にTVerが10周年を迎えた今、これからのビジョンをお願いします。
宮島:おそらく10年前のTVerは、リアルタイム配信も、今ほどの番組数が配信されている状況を語るのは野心でしかなかったと思います。そういった気配が全くないところから1つずつ大きくなっていき、今のユーザー数までたどり着いたので、これから先もスピードを落とすことなく成長曲線を描いていきたいですね。スピードを上げた開発やプロダクトの整備を行って、とにかく多くの人に使ってもらえるサービスにしたいというのが、社員みんなが思っているところだと思います。多くの人に広くあまねく使ってもらえるサービスにしていきたいなと。そのために必要なことをいろいろとアプローチしていきたいなと思っています。






















