阿部寛の“スター像”はいかに形成されたか 『テルマエ・ロマエ』から読み解く30年の軌跡

阿部寛の“スター像”はいかに形成されたか

阿部寛が主演俳優として確立されるまで

映画『祈りの幕が下りる時』公開記念 5分で分かる「新参者」

 2010年代に入ると、その活躍はますます加速。刑事ドラマ『新参者』(2010年/TBS系)では、知性と誠実さを軸にミステリー全体の重心を支える安定感を示し、NHK大河ドラマ『天地人』(2009年)では、上杉謙信役として威厳と神秘性を滲ませる。

 一方映画では、テレビドラマとはまったく異なる魅力が輪郭を帯びてくる。是枝裕和『歩いても 歩いても』(2008年)では、家族のなかに居場所を見いだせない男の哀愁を丁寧に表現。抑制の効いた演技によって、内側にこもる感情を静かに浮かび上がらせた。続く『海よりもまだ深く』(2016年)では、鳴かず飛ばずの中年作家の可笑しさと哀しみを、湿度を帯びたリアリズムで演じ、日常の隙間をすくう演技が高く評価される。

池井戸潤『下町ロケット 』ドラマ映像TVCM!(15秒)

 この成熟が最も大衆的な形で結実したのが、日曜劇場『下町ロケット』(2015年/TBS系)だろう。熱量と職人性を併せ持つ主人公を真正面から演じ切り、作品を前へ押し出す推進力そのものとなった阿部寛は、ここで“国民的俳優”としての確かな位置をつかむことになる。

 阿部寛には、どんな役柄でも揺らぐことのない、演技の背骨がある。その背骨を折ることなく、知性にも滑稽にも、温度の違う人物像へと自在にスライドさせていく。硬質な軸と、流動的な変化。この相反する資質の同居こそが、彼を長きにわたって主役に押し上げてきた原動力だろう。

『テルマエ・ロマエ』©2012「テルマエ・ロマエ」製作委員会

 揺るぎない演技の軸を保ちながら、日本人離れしたバディそのものが表現装置として最大限に機能したのが、『テルマエ・ロマエ』だ。濃すぎる顔や長身は、かつてオファーを奪った弱点だったが、この作品ではそれ自体がダイナミックな説得力を生み、奇跡的なハマりっぷりを生む。『海よりもまだ深く』のような繊細な父親像、『麒麟の翼』のストイックな正義感とは対照的に、ここではビジュアルの強さが最大限に生かされている。そんな俳優、ほかにいない!

 近年の阿部寛を見ていると、キャリアはなおも上り調子。60歳を過ぎた今、その存在感はむしろ増しており、2025年の仕事量とラインナップは第2の全盛期とも呼べる密度になっている。

『イクサガミ』Netflixにて配信中

 テレビでは、NHKスペシャルドラマ『水平線のうた』(3月)と、TBS日曜劇場『キャスター』(4月〜6月)で主演。現在Netflixで配信中の大型時代劇『イクサガミ』(11月配信)では、剣豪・岡部幻刀斎を演じている。劇場映画では、『ショウタイムセブン』(2月)、『キャンドルスティック』(7月)、『俺ではない炎上』(9月)と、なんと主演作が3本。もはや彼の役の幅が広いというよりも、作品のほうが彼に合わせて振り幅を広げているようにさえ見えてしまう。

 長い時間をかけて磨かれてきた身体性、内側から滲む人間の厚み、画面に立つだけで空気を変える存在感。その三つが自然に噛み合ったいまの阿部寛には、若い頃とは異なる輝きがある。還暦を越えたこの時期こそ、彼にとっての新たなフェーズなのかもしれない。ゆっくりと、しかし確実に、キャリアはさらなる頂へと向かい続けている。

■放送情報
土曜プレミアム『テルマエ・ロマエ』
フジテレビ系にて、11月22日(土) 21:00~23:10放送
出演:阿部寛、上戸彩、北村一輝、竹内力、宍戸開、笹野高史、市村正親ほか
監督:武内英樹
脚本:武藤将吾
原作:ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』(KADOKAWAエンターブレイン刊)
©2012「テルマエ・ロマエ」製作委員会

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