『チェンソーマン』天使の悪魔の“怠け癖”は愛の裏返し? 数々の反復モチーフを読み解く

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の勢いがとどまることを知らない。国内の週末観客動員ランキングで7週連続1位を達成したほか、海外でも大ヒットを記録しており、まさに怒涛の快進撃だ。
何度観ても新たな発見がある緻密なシナリオによって、多くのリピーターを生み出しているのが同作の勝因の1つ。そこで今回は作中に見られるモチーフの反復や変奏に注目して語っていきたい。

今作のシナリオがどれだけ美しく構成されているのか知るためには、天使の悪魔に注目するのがいいだろう。序盤と終盤で、“天使と悪魔”のモチーフが反転して描かれている。
今作における天使の悪魔は、早川アキの新たなバディとして登場。触れた人間の寿命を吸い取って武器に変換できる能力の持ち主だが、怠け癖があり、アキとは折り合いがうまく付いていない様子だった。
序盤ではアキがパトロール中に悪魔を倒す場面で、瀕死の状態となったデビルハンターの男が発見されることに。そこでアキはこの男を楽に殺してやってほしいと天使の悪魔に頼むのだが、にべもなく拒絶されてしまう。そして天使の悪魔は「僕は天使である前に悪魔だよ?」「人間は苦しんで死ぬべきだと思ってる」と言い放つのだった。言葉通りに受け取るなら、いかにも邪悪な悪魔らしいセリフだ。

その一方で物語の終盤、路地裏でレゼを急襲する場面では、これと正反対のセリフが描かれることに。このときマキマはアキにも招集をかけていたが、天使の悪魔はアキが女の子を殺さなくて済むように、自分1人でケリをつけた。そしてマキマにそのやさしさを指摘された天使の悪魔は、「……まあ天使ですから」とつぶやきを漏らす。つまりここでは人間を苦しめる悪魔としての姿から一転して、人間を気遣う天使のような姿が描かれていると言えるだろう。
こうした対照的な描写の背景として、中盤で描かれたアキとのやりとりが浮かび上がってくる。天使の悪魔は台風の悪魔が巻き起こした強風で吹き飛ばされそうになるが、アキは自分の寿命が削れることも構わずに彼の手を握り、命を救う。天使の悪魔が最後にアキのために動いたのは、この出来事がきっかけだと思われる。

しかしここにある事情は少々複雑だ。というのもそもそも天使の悪魔が最初に悪魔ぶった態度を取っていたのは、ブラフだった可能性が高い。
実際に物語の中盤、天使の悪魔はレゼの攻撃に巻き込まれて亡くなった人間に対して、「大丈夫……キミは天国に行くんだから」と打算抜きでやさしい態度をとっていた。これは「人間は苦しんで死ぬべき」という言葉が本心のものではなかった大きな証拠だろう。
ではなぜそんな嘘を吐いたかといえば、天使の悪魔が自分の能力を使って人間の寿命を奪うことを嫌悪しているからだと考えるのが自然だ。だからこそ彼は異様なほどに働くことを嫌がり、できるだけ人間と関わらないように過ごそうとしているのではないだろうか。
すなわち天使の悪魔はアキに絆されて人間嫌いが治ったわけではなく、元々その胸には人間愛が宿っていた。むしろ影響を受けたのは、“自分が傷ついてでも誰かのために行動する”という部分だと考えられる。

なお序盤と終盤の対照性は、セリフ以外の部分にも表れていた。序盤ではアキが天使の悪魔の代わりに瀕死のデビルハンターにトドメを刺したが、終盤では天使の悪魔がアキの代わりにレゼを手にかけているからだ。
さらに“手を握る”というモチーフも印象的な形で反復されており、中盤でアキが天使の悪魔の命を助けるために手を握ったのに対して、終盤ではマキマがレゼを絶命させるために手を握っている。



















