井上祐貴、『べらぼう』松平定信は完全なるハマり役に 秘めた感情や心の揺れを巧みに表現

NHK大河ドラマ『べらぼう』で井上祐貴演じる松平定信の誠実さ、責任感の強さが回を重ねるごとにどんどん愛しく感じられるようになってきた。
定信としては、いつも大真面目。世の中を良くしたい、自分の政治手腕によって民の生活を豊かにしなければ、という強い信念に基づき行動している。幼少期からの田沼意次(渡辺謙)への恨みがあったとはいえ、ストイックに努力を続け、自分の正当性をひたすら信じて突き進んでいく。井上祐貴の真っ直ぐで澄んだ瞳は、揺るぎない信念と芯の強さを感じさせる。
勤勉な定信は多くの書物から知識を得る一方、蔦屋重三郎(横浜流星)の耕書堂からも出版されていた恋川春町(岡山天音)の黄表紙をこよなく愛し、真面目だけど面白い春町の作風を自分の楽しみにしていた。それを自分が出した出版統制令によって板元の蔦重、戯作者の春町を追いつめ、ついには恋川春町の命まで奪う結果となってしまった。

厳格で融通の利かない定信の厳しい出版統制によって、才能あふれる恋川春町という戯作者が自害にまで追いこまれてしまったという事実の裏側にある物語。黄表紙を夢中で読むほど、定信は春町の新作を待ち遠しく思うくらいだったのに、自分の改革がその楽しみを奪ってしまったことの無念さ、虚しさ。井上の繊細な表現によって、深みのある特別なエピソードとして強い印象を残した。
しかし、この件で躊躇しないのが定信で、虚しさを覚えながらもくじけずに改革を推し進めていく。もちろん、蔦重も厳しい規制をかいくぐるように出版していく。定信と蔦重が初めて顔を合わせたのが、第39回「白河の清きに住みかね身上半減」だ。北尾政演/山東京伝(古川雄大)作の3冊を絶版にすると言い渡され、店先にあった本は没収。山東京伝と蔦重、改を行った行事2人は奉行所に連行された。

山東京伝は蔦重に強要されて無理やり書いたと証言。行事2人とも、蔦重が好色本ではなく教訓読本だと強弁したと言う。蔦重は、あくまでも3冊とも教訓読本だと主張。すると、越中守様(松平定信)がじきじきに見分なさることになったと、異例の状況になった。
定信にとっても、蔦重は何かと気になる存在であったようだ。誤りを認め、今後このような本は出さないと定信に迫られても、蔦重はひるむどころか言いたいことが山ほどある様子。サブタイトルにもある流行りの狂歌「白河の清きに魚も住みかねて元の濁りの田沼恋しき」まで持ち出し、定信をひどく怒らせた。蔦重も定信と同じように、後には引けないタイプだった。

てい(橋本愛)のもとに本屋仲間が集まり、朱子学の矛盾を説くことで蔦重の命乞いができないかと話をまとめた。もう、それ以外に蔦重を助ける方法はないように思える。定信の要請で「寛政異学の禁」を主導した儒学者・柴野栗山(嶋田久作)を訪ねたていが、朱子学の教えをそらんじた上で「夫は、女郎が身を売る揚げ代を倹約しろと、客が言われていると嘆いておりました。そこで、洒落本にて遊里での礼儀や女郎たちの身の上、さようなことを伝えることで、女郎の身を案じ、礼儀を守る客を増やしたかったのだと思います」と述べた。女郎は家族を助けるために売られてくる「孝」の者。その孝行者を助けるのは正しいことだと、賢いていは朱子学の教えでまとめた。
知性と愛があふれる妻、ていの力のおかげで、どうにか命拾いした蔦重。奉行所から言い渡されたのは「身上半減」という珍しい処罰だった。店の板木、畳、在庫の本、暖簾も全部きっちり半分だけ持ち去るという処罰。正確にきちんと半分だけ持っていくなんて、これも几帳面な定信らしいといえば定信らしい。

NHK連続テレビ小説『虎に翼』では、主人公・寅子(伊藤沙莉)の夫になる星航一(岡田将生)の息子・朋一を演じた井上祐貴。優等生タイプで、洗練された雰囲気はあるが、父との距離感、家族との関係にどこか居心地の悪さを感じているような、内面に秘めたものを感じさせる役どころだった。
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朝ドラ『虎に翼』(NHK総合)の放送も、残すところあと1カ月に。本作にも数多の俳優が出演したが、朝ドラへの出演は俳優にとって知名…NHK大河ドラマ『どうする家康』の本多正純役もまた頭が良く、エリートタイプの好青年。父の本多正信(松山ケンイチ)とは対照的な性格で、父親を反面教師として真面目に堅実な道を選ぶ。『虎に翼』『どうする家康』も、父親という存在に対しての複雑な思い、まっすぐさ、その存在を乗り越えようとするエネルギーを発するひたむきな思いも美しく、強い印象を残していた。
本作の定信役に関しては、厳格なだけではない、定信の秘めた感情や心の揺れを井上祐貴の演技によって受け止めることができる。井上にとって完全なるハマり役といっていいだろう。
■放送情報
大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』
NHK総合にて、毎週日曜20:00~放送/翌週土曜13:05~再放送
NHK BSにて、毎週日曜18:00~放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15~放送/毎週日曜18:00~再放送
出演:横浜流星、小芝風花、渡辺謙、染谷将太、宮沢氷魚、片岡愛之助
語り:綾瀬はるか
脚本:森下佳子
音楽:ジョン・グラム
制作統括:藤並英樹
プロデューサー:石村将太、松田恭典
演出:大原拓、深川貴志
写真提供=NHK






















