米津玄師「IRIS OUT」のメタファー 『チェンソーマン レゼ篇』に“円”が頻出するのはなぜか

『チェンソーマン レゼ篇』IRIS OUTの意味

再登場する円と想起される日常

 円が象徴する日常パートと爆発が象徴するバトルパートの橋渡しをするかのように、円形の花火が爆発してその形を崩す。さらに祭りの中、円形のりんご飴が踏み潰されると同時に、デンジは舌を噛み切られ、平穏な日常は終わりを告げる。

 戦闘の開始である。

 バトルパートでは、円のモチーフは一時的に消失する。カーチェイスをしたり台風の悪魔と戦ったりする間、ほとんど円は登場しない。

 再度、円のモチーフが登場するのは、台風の悪魔を倒した後、ビームが倒されデンジとレゼの戦闘が始まるパートである。

 レゼが色鮮やかな花火のように爆炎を上げると同時に、戦場は空へと移る。その空には今までと違い、月が浮かんでいる。

 2人の戦闘は、先ほどまでの快楽的なスプラッタから一転して、思い出をなぞるようなものへと変化する。花火を見上げ、月が水面に映り、2人で再び水中に飛び込む。2人の戦闘は戦いでありながらも今までの日常を想起し、回帰するかのようなものだ。そこには今までの戦闘には存在しなかった月という円のモチーフが欠かせない。

 そして戦闘は終わり、物語は日常へと回帰する。

 デンジは命を狙われてなおレゼを求め、レゼは田舎に逃げることを選ばず自分を待つデンジの元へ向かう。

 しかしレゼはたどり着く直前でマキマと天使の悪魔に排除され、その命を落とす。レゼの身体は、自らの流血によって作られた円の上に倒れ、彼女は最後日常を得られないまま終わる。レゼの流した血は円形に路地に広がる。その血溜まりが象徴する日常は、彼女が得ようとして得られなかった日常であり、彼女が大量に殺した人間の日常であり、同時に彼女の死によって保たれる多くの人々の日常であるのかもしれない。

 また、ここまで多くのモチーフを円と重ね合わせてきたにも関わらず、モチーフとして使いやすい天使の悪魔の頭の上の光輪は歪んだ楕円として描かれることはあっても、一度として真円に描かれることはない。彼にとって、天使の力は、他人から寿命を奪うものであり、その奪った寿命を武器としてレゼのように他者を殺すものであるからだ。天使の悪魔の力は、どんなに真円に近い形をしていても、彼を日常から遠ざける呪いでしかない。ゆえに斜めから捉えた楕円としてしか描かれないのである。

 そしてレゼは天使の悪魔とマキマによって殺され、デンジの元に行くことはかなわない。デンジがいくら待ってもレゼが現れることはない。デンジの目の前からは、とうとうレゼと過ごした日々を象徴する一輪挿しのコップが下げられる。レゼと過ごした日常としての円が、失われるのである。

 全体を通して、円というシンボルが通底し、キャラクターの背景を素晴らしく反映するモチーフとして機能していると言えるだろう。

枠外の円、箱庭としての日常

 最後に、物語の冒頭と結びに存在していた真円について考えてみたい。

 冒頭は夢の中のデンジが路地の扉の前から声を聞くところから始まり、登場する円はそのスコープである。この冒頭の一連のシーンで特徴的なのは、円が画面に収まりきっていない点である。映画の横長の画面で、直径が縦よりも大きく横よりも短い円が描かれると、左右には円弧が映るが上下はいつも通りスクリーンの直線が存在するのみである。

 また作品の最後のシーンは、喫茶店の扉からカメラがどんどん後退していき、路地を映し、最後には中央を除いて黒くなるような演出をして締めくくった。アイリスアウトと呼ばれる演出では、一般にカメラワークは存在せず、ただ長方形のフレームが中央に円形に収縮していく形になる。そのため、これは単にアイリスアウトを志向しての演出ではないことが伺える。

 最初に提示された「大きすぎる円は画面に映らない」と最後の「カメラが後退していくと、中央のみが円形に映る」というのをあわせて考えると、「レゼ編」そのものが大きな円、つまり日常の内側にあったのだと感じさせる演出なのではないだろうか?

 終わってみれば、デンジにとっては命の危険はあったといえど、ピンチでもなく、結局ほとんどの状況はマキマの想定内に位置していたといっても過言ではない。今後の『チェンソーマン』の激動を踏まえると、「レゼ篇」そのものが青春の一ページとして、大きな意味では日常に含まれるものであり、最初のシーンで大きい円の可能性を提示し、最後のシーンで大きな円の実在を示したといえるだろう。

■公開情報
劇場版『チェンソーマン レゼ篇』
全国公開中
キャスト:戸谷菊之介(デンジ)、井澤詩織(ポチタ)、楠木ともり(マキマ)、坂田将吾(マキマ)、ファイルーズあい(パワー)、高橋花林(東山コベニ)、花江夏樹(ビーム)、内田夕夜(暴力の魔人)、内田真礼(天使の悪魔)、高橋英則(副隊長)、赤羽根健治(野茂)、乃村健次(謎の男)、喜多村英梨(台風の悪魔)、上田麗奈(レゼ)
原作:藤本タツキ『チェンソーマン』(集英社『少年ジャンプ+』連載)
監督:𠮷原達矢
脚本:瀬古浩司
キャラクターデザイン:杉山和隆
副監督:中園真登
サブキャラクターデザイン:山﨑爽太、駿
メインアニメーター:庄一
アクションディレクター:重次創太
悪魔デザイン:松浦力、押山清高
衣装デザイン:山本彩
美術監督:竹田悠介
色彩設計:中野尚美
カラースクリプト:りく
3DCG ディレクター:渡辺大貴、玉井真広
撮影監督:伊藤哲平
編集:吉武将人
音楽:牛尾憲輔
配給:東宝
制作:MAPPA
主題歌:米津玄師「IRIS OUT」(Sony Music Labels Inc.)
エンディングテーマ:米津玄師、宇多田ヒカル「JANE DOE」(Sony Music Labels Inc.)
©2025 MAPPA/チェンソーマンプロジェクト ©藤本タツキ/集英社
公式サイト:https://chainsawman.dog/
公式X(旧Twitter):@CHAINSAWMAN_PR

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