米津玄師「IRIS OUT」のメタファー 『チェンソーマン レゼ篇』に“円”が頻出するのはなぜか

『チェンソーマン レゼ篇』IRIS OUTの意味

 劇場版『チェンソーマン レゼ篇』が大好評公開中である。公開6日間で興行収入20億円を突破するなど大ヒットを記録している。

米津玄師 Kenshi Yonezu - IRIS OUT

 高評価の一因として、すでに2,000万回再生を突破した米津玄師による主題歌「IRIS OUT」の存在が挙げられる。

 主題歌名になっている「アイリスアウト」は、円系のフレームを画面の中央に設置してその外側を黒く塗りつぶし、中心に向かって徐々にブラックアウトさせていく演出である。コメディ作品のオチなどでよく使われるため、名前は知らずとも見たことがある人も多いだろう。

 そんな円を活かした演出であるアイリスアウトと重なるように、映画本編でも「円」のモチーフが多用されていた。

 この記事では、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の「円」のモチーフについて読解し、作品の魅力を演出の観点から捉えていきたいと思う。

日常の象徴としての円

 作中で使われていた円の構図として、例えばオープニング映像では土管から覗くデンジ・パワー・アキの3人組、バイクのサイドミラーなどが登場した。

 デンジがマキマとデートをするときにはコーヒーやジュースのコップを真上から捉えたカット、映画館の映写機の丸い光のカット、レゼと過ごす間には、喫茶店で出てきたコーヒー、忍び込んだ深夜の学校の時計などである。

 これらは全てアイリス的な構図で、画面の中央に円が位置するようなレイアウトに設計されていた。

 また、デンジのこの頃の生活は彼にとって非常に充実したものである。作品で言及されたように、好意を向けるマキマの側にいて、銃の悪魔撃退という仕事の目標ができ、パワーやアキともうまく付き合えるようになり、衣食住が保証され、さらにレゼという新たな幸福が訪れ、デンジの日常は円満そのものだ。

 円のレイアウトはそんなデンジの日常を表現するものとして作中で登場する。

 早川家での日々も、レゼと喫茶店で過ごす時間も、マキマさんとのデートも、デンジにとっては幸せな日常であり、その象徴として円のシンボルがそれぞれの場面で強調されている。

 「アイリスアウト」が主にコメディや日常におけるオチとして使われることを踏まえ、映画本編においてもアイリスアウト的なコミカルな日常と円が結びつけられているといえる。

 円=日常を裏付けるかのように、円の構図は、全て日常パートでのみ登場し、日常パートに挟まれた不穏なシーンでは意識的に円の構図が崩される。さらに、レゼとの戦闘が始まり、本格的に日常が崩れるパートからはそれまで多用されていた円のモチーフがある時点まで一切登場しなくなる。 

隠される円と揺れる日章旗

 その「円の構図が崩されていたシーン」とはどこのことか。

 具体的には、アキがタバコを捨てるシーンと、アキと天使の悪魔がデビルハンターとして活動するシーン、そして冒頭の日章旗である。

 アキがタバコを捨てるシーンにおいて特徴的なのは、天使の悪魔のがアイスを捨てるシーンと対比的に描かれる点である。

 アキがタバコを捨てるシーンで、ゴミ箱の円は中央からズレて下に配置されるが、天使の悪魔がアイスのゴミを捨てるシーンでは、ゴミ箱の円が画面の中央にきているのである。

 ここで、アキと天使の悪魔のスタンスを整理すると、アキはのんびりアイスを食べる天使の悪魔に任務に向かうことを要求し腹を立てており、天使の悪魔は任務に向かうことを拒否してアイスを食べ続けている。

 つまり、天使の悪魔は日常にいることを志向し、アキはデビルハンターとして戦うことを志向している。この点において、中央に円がくる天使の悪魔の構図が日常を、そこからズレるアキの構図がその日常からの逸脱を表現していることが読み解ける。

 続いて、アキと天使の悪魔が実際にデビルハンターとして活動するシーンにおいて登場するのは、ビルで隠された太陽である。このシーンは敵も弱く簡単な依頼ではあるが、民間のデビルハンターは1人犠牲となっている。2人にとって容易に日常に引き返せるような位置にはあるが、確かに日常とは違う死の雰囲気を纏った場面だ。それゆえに日常を象徴する円の太陽がビルにより左側が隠され、不穏さを演出する。

 また、学校にいるレゼが謎の男に襲われる際には、それまで出ていた月が台風の悪魔の登場によって隠れている。ここはアキと天使の悪魔の例と同様にバトルシーンを挿入するタイミングであり、一時的に円のモチーフが失われることを示している。やがて謎の男との戦闘の後、雨を受けながら空を見上げるレゼの瞳がアップで映され、真円のモチーフが復活する。暗殺者としての自分を自覚しながらも日常を享受している不安定な状況が、レゼの瞳と揺れる水滴の円形と隠れて見えない月の3つの円のモチーフによって、巧みに演出される。

 続いて冒頭の日章旗について。作中において、日本に言及される場面がある。レゼによって16歳のデンジが命を危険に晒している境遇が糾弾される場面だ。

 デンジが命をかけて得ている衣食住は国によって保障されるべき最低限度だと指摘され、日本の歪みが指摘されるのである。悪魔災害による募金なども作中で登場し、国家としての不安定さが見て取れる。それゆえに、日章旗は揺れ、真っ直ぐに日常を象徴するような日の丸は提示されえない。

 このように、日常パートでは非常に多くの円のシンボルが登場し、不穏な戦闘パートが挿入されるたびにその円は姿を隠したのである。

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