松嶋菜々子の登美子は『あんぱん』で最も人間臭い人物だった “3人の母親”の深い愛情

NHK連続テレビ小説『あんぱん』がついに最終週へ突入。初日の放送となる第126話で描かれたのは、我が子を思う“3人の母親”の深い愛情だ。
子どもたちを中心に大勢の観客が訪れ、大盛況のうちに幕を閉じたミュージカル『怪傑アンパンマン』。のぶ(今田美桜)が撮影した写真を嬉しそうに眺めていた嵩(北村匠海)は、登美子(松嶋菜々子)がこっそり会場に来ていたことに気づく。写真の中の登美子は、嵩が見たこともないような笑顔を浮かべていた。

「ほんまは誰よりもやないたかし先生のファンかもしれんねぇ」という羽多子(江口のりこ)の言葉をにわかには信じがたく、苦笑いを浮かべる嵩。だが、登美子が嵩の一番のファンであることを物語る一幕があった。それはのぶ、登美子、羽多子が旅行の計画を立てていたときのこと。嵩の原稿を取りにきた編集者が、アンパンマンに対して親世代から「子どもに見せたくない」と言われていることをのぶに伝えた。そんな編集者に、登美子が血相を変えて猛反論する。
実際、自分の顔を食べさせるアンパンマンのキャラクターが「グロテスクだ」として一部から反発の声も上がっていたそうだ。でも、その設定は自らを犠牲にしてもおなかを空かせた人を助けるアンパンマンの献身と愛を表したもの。いつの時代も意図を無視して、上辺だけをさらって批判する人はいる。「目の前に死ぬほどおなかを空かせた人がいたとしても助けるな、自分には関わりのないことだから、見て見ぬフリしろと子どもたちに教えるんですか? そっちの方がよっぽどグロテスクだわ!」という登美子の台詞には、胸のすく思いがした。

登美子はこの物語の中で、最も人間臭い人物だったように思う。昔からとにかく自由奔放で、嵩と千尋(中沢元紀)を振り回してきた登美子。それこそ表面的な行動だけを見れば、“毒親”と呼ばれても仕方ないような母親だ。けれど、女性一人で生きていくことが困難な時代をずる賢くサバイブしているように周囲には見せかけながら、本当はいつも息子たちの幸せを一番に願っていた。雑誌の取材でパリに旅立つ嵩の背中に、無事の帰国を祈ってそっと手を合わせる姿からも、不器用な愛情が伝わってくる。どれだけ悪役を演じても、その愛情を感じ取れたからこそ、嵩も嫌いになれなかったのだろう。ずるく生きたつもりかもしれないが、あまりうまくいかなかったのではないかという嵩の指摘に、「生意気言って」と言いながらも登美子はどこか嬉しそうだった。

登美子とは対照的に、いつものぶにまっすぐな愛情を向けてきたのが羽多子だ。亡き父・結太郎(加瀬亮)の「女子も遠慮せんと大志を抱きや」という言葉を胸に、教師・新聞記者・代議士の秘書と様々な道を模索してきたが、何一つやり遂げられなかったのぶ。加えて子宝にも恵まれず、そんな人生を憂いたこともあった。けれど、羽多子がそのことを責めたことは一度もない。それどころか、「アンパンマンは2人の子どもながやねぇ。なんて面白い夫婦やろ。のぶはなんて幸せなお母さんながやろ」とのぶの人生を肯定する。その言葉に、のぶはどれほど救われたことか。のぶが自分への誇りを失わずにいられたのは、嵩はもちろん、羽多子の存在に拠るところが大きい。羽多子も登美子もすでに高齢。結太郎や清(二宮和也)の分まで長く生き、子どもたちの歩みを見守った。

そんな2人との高知旅行を終え、カメラを手に写真屋を訪れたのぶは店主の堀井満(石橋蓮司)に声をかけられる。堀井は3歳の孫がアンパンマンに夢中になっていることを明かし、「そのカメラと一緒で、愛情込めて残されたものは、廃れません。繰り返し読まれることで、どんどん良さが増すはずだ」と伝えた。本作と同じく中園ミホが脚本を手がけた『花子とアン』では、ヒロイン・はな(吉高由里子)の祖父・周造役を好演した石橋。今回はワンシーンのみの出演となったが、味のある演技で愛が溢れるこの回全体をあたたかく包み込んだ。母親は我が子の一番のファンで、人から我が子を褒められるのが至上の喜び。まだ国民的人気を得られているとは言い難いアンパンマンだが、堀井からの応援に勇気100倍ののぶだった。
■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK





















