『あんぱん』津田健次郎の名演が光った“20年後の最終面接” “発見のある”ドラマを求めて

『あんぱん』東海林との“20年後の最終面接”

 そんないいエピソードだが、すこしだけむずい、と感じた。東海林の衰弱した見事な演技である。見事過ぎるから視聴者は東海林の異変に気づき心配になる。ところがドラマのなかではのぶも嵩も気づいていないように見える。もしかしたら調子の悪そうな人に「大丈夫?」とは聞かず、本人が隠そうとしていることを受け入れ黙っているという対応かもしれない。とすれば、物語としては、そういう人間の微妙な心情を書いてほしい気がするのだ。

 作劇の意図としては、次の回で東海林が亡くなったとわかるショックを仕掛けているのだろう。だとしたら、津田の名演には悪いが、ここはあえてふつうの芝居をするという選択肢もあったのではないだろうか。彼の真摯な病身を再現する演技と、のぶと嵩の次回の驚きのために何も気づかない演技を続けるという真摯な演技が交わっていない。どちらも真摯なだけに惜しい気持ちになった。

 時間さえ潤沢にあれば、相手が衰弱した芝居をしたら、受け手の心情も動くだろうから、心配、あるいは気づかないふりをしようと考えるなど、いろんな芝居を試せたのではないだろうか。うまくすればひじょうに見応えのある、3人の感情の逡巡が見え隠れするシーンになった気がする。ただ、この作品はそのような、微妙な心情を描くものを目指しているわけではないのだと思う。「逆転しない正義」「カッコわるいヒーロー」などと明瞭なワードで押して大衆受けを目指していると感じるので、東海林が具合の悪そうな芝居を見せ、嵩とのぶはあとで真相を知って驚く、そのシンプルさが最適解なのだ。いやいや、こんな芝居、こんなセリフがあればと視聴者が勝手に妄想できるのも楽しみのひとつであろう。いろいろと楽しませてもらってありがたい。

 もうひとつ、むずいと思ったことがある。「アンパンマン」と「あんぱんまん」である。嵩が長年あたためていたキャラを『アンパンマン』として雑誌に発表した。大人向けの雑誌であるが、内容は子どもを救うお話で、だからこそ、のぶは子どもたちに読み聞かせをした。でも子どもには理解できない。だからといって大人にも理解されているようでもない。蘭子(河合優実)は「おしつけがましい」と言うくらいだ。

 それでも嵩は諦めきれない。そこへ東海林に背中を押され、今度は子供向けの絵本として「あんぱんまん」が生まれた。やなせたかしは、片仮名から平仮名にしたのは子ども用にと思ってのことと語っている。それがやがてまた片仮名に戻るのは、文字から受けるイメージを大切にしたそうで、パンはパン、アンパンはアンパンという片仮名のイメージがやなせにはフィットしたようだ。

 このへんの平仮名と片仮名の変遷を説明してほしいのだが、次週以降出てくるのだろうか。

 興味深かったのは、のぶが子どもに知ってもらいたくて『アンパンマン』を3年近く地道に読み聞かせした結果、彼女自身が嵩の書きたかったことに気づくということ。何度も何度も読み込むことで書かれたことを発見するってとても大事なことである。何度も何度も観ることで発見のあるドラマを作り続けてほしい。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、高橋文哉、大森元貴、妻夫木聡、松嶋菜々子
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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