『ボージャック・ホースマン』クリエイター新作 『長くて短くて、短くて長い』の文学的価値

『長くて短くて、短くて長い』を徹底解説

 Netflixのオリジナル作品『ボージャック・ホースマン』は、日本でNetflixのサービスが始まった当初からリリースされていたアニメシリーズだ。6シーズン76話で完結し、いまも多くの視聴者に支持されている。そんな『ボージャック・ホースマン』のクリエイター、ラファエル・ボブ・ワクスバーグの新たに監督を務めたシリーズ『長くて短くて、短くて長い』が、ついにリリースされた。

 本シリーズ『長くて短くて、短くて長い』の内容は、サンフランシスコ・ベイエリアの、あるユダヤ人家族の姿を描いたもの。特徴的なのは、各場面の時代が大きく飛ぶところ。1990年代や2020年代、1960年代にさえ、家族のエピソードが順不同に語られていく。この個性的な構成のホームドラマは、いったい何を示しているのか。ここでは、本シリーズの中身を追い、『ボージャック・ホースマン』の内容をも思い出しながら、その疑問を解き明かしていきたい。

 クリエイターのラファエル・ボブ・ワクスバーグは、物語の中心となるシュウーパー家が直接的に自分の家のことを描いているわけではないと断りつつ、彼もやはりサンフランシスコのベイエリアで育ったユダヤ系であることから、自身の実際の経験が本シリーズの基盤になっていることは間違いないはずだ。

 『ボージャック・ホースマン』でキャラクターデザインなどのアートワークを務め、ワクスバーグ製作のアニメシリーズ『トゥカ&バーティー』を監督したリサ・ハナウォルトは、パロアルトの高校時代に演劇部でワクスバーグと出会い、二人はそのときから脚本を書き絵を描くなど協力してクリエイティブな才能を開花させていた。つまり、『ボージャック・ホースマン』、『トゥカ&バーティー』、そして本シリーズ『長くて短くて、短くて長い』は、そんなクリエイティブの延長線上にある作品群だといえるのだ。

 リサ・ハナウォルトは、『ボージャック・ホースマン』のときは、製作期間が少なく、背景などの世界観を作り込むことができなかったと言うが、『トゥカ&バーティー』では、ヴィジュアル面で、より自分の味を引き出し、本シリーズでは、滲んだような輪郭線やカラフルな色彩によって、手づくり感をおぼえさせる有機的なテイストを提供している。

 長寿シリーズ『ザ・シンプソンズ』をはじめ、『ボージャック・ホースマン』、『FはファミリーのF』、『ストレンジ・プラネット』、『キャロルと世界の終わり』などなど、家族の物語や人生を大人向けに描く、北米のアニメジャンルには根強い人気がある。そのなかでも、とくに『ボージャック・ホースマン』は、非常に内省的かつアーティスティックな内容だったといえるだろう。

 ロサンゼルスの丘陵に建つ、主人公ボージャックの邸宅と街を見下ろせるプールの雰囲気は、そのまま劇中に登場するデイヴィッド・ホックニーの絵画作品「あるアーティストの肖像(2人の人物のいるプール)」のパロディ絵画が示すように、作中におけるハリウッドの“神話性”と、栄光にしがみつこうとする主人公の内的な不安を象徴していた。その表現には日常を生きる繊細な感性と、知的な領域に踏み込む他者との対話によって支えられ、哲学的な域にまで到達したといえよう。

 ワクスバーグのルーツに近い本シリーズは、そんな繊細かつ深みのある作風が、さらにパーソナルに縮小された規模で発揮される。このように日常の会話そのものが、知的かつ重要な意味を持つという作風は、小説家のレイモンド・カーヴァーに近かったのだということに気づかされる。そういうスタイルによって、平凡なアメリカのユダヤ人家族の両親と、3人の子ども、それぞれの友人やパートナー、さらにその子どもたちのエピソードが、時系列がシャッフルされたような状態で語られていくのだ。

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