妻夫木聡「苦しくても続ける努力ができるか」 『あんぱん』が突きつける創作者のリアル

『あんぱん』嵩とのぶの夫婦関係に走る溝

 NHKの『まんが教室』に生出演し、すっかり子どもたちの人気者になった嵩(北村匠海)。子どもたちの素直なまなざしに囲まれる姿は、これまでの苦労が報われたようにも見えたし、ようやく一歩を踏み出した漫画家としての未来を期待させるものでもあった。しかしNHK連続テレビ小説『あんぱん』第104話では、その表舞台の明るさとは裏腹に、“描けない自分”と正面から向き合わされる嵩の苦悩が描かれることになった。

 きっかけとなったのは、たくや(大森元貴)からの仕事の依頼だった。彼が関わっているテレビドラマ『CQCQ』の脚本を嵩に書いてほしいという。たくやは「漫画を描くうえでも必ず役立つ」と背中を押すが、嵩は思わず自分の現状を口にする。しばらく漫画を描けていないのだ、と。子どもの頃からの夢を叶えたはずなのに、いざ描こうとすると手が止まってしまう。才能がないのではないかという思いが心を蝕み、自分自身と向き合うことから逃げてしまう。その空白を埋めるように、嵩は脚本の仕事を引き受ける。

 しかし、その決断を心配する人は少なくない。たくやはもちろん、最も近くで見守るのぶ(今田美桜)もまたこのまま嵩が漫画をやめてしまうのではないかと不安を抱いていた。そんな折、嵩に頼まれて宣伝用のイラストを八木(妻夫木聡)に届けに行ったのぶは、彼に思いを打ち明ける。八木の返答は、迷いを切り裂くように率直だった。「天才に化けるか、凡人で終わるかは、苦しくても続ける努力ができるかどうかだ」という言葉は、嵩に対してだけでなく、夢を追いながら誰もが一度は抱く問いに答えるものでもあった。続けることの難しさと、そこに宿る価値を突きつけられる場面だった。

 やがて、のぶはカフェで嵩の仕事を待っていた。ところが彼女の目に飛び込んできたのは、派手な女性たちに囲まれる嵩の姿だった。これまで女性関係に縁遠く、漫画一筋に見えていた夫が、別の世界に足を踏み入れているように見えてしまう。嫉妬と不安が混じり合い、のぶはその場から飛び出してしまう。小さなすれ違いではあるけれど、信じてきた嵩像とのギャップに揺さぶられた彼女の気持ちは、視聴者にとっても理解できるものだったのではないか。

 その夜、帰宅した嵩にのぶは率直にやきもちをぶつける。嵩は「嫉妬してくれるのが嬉しい」と笑うが、そこからの会話は次第に噛み合わなくなっていく。「最近の嵩はおかしい」と不安を口にするのぶに、嵩は「漫画はもういいんだ」と声を荒らげる。自暴自棄の言葉は、のぶの胸を鋭く刺す。「描き続けてほしい」と懸命に訴える彼女と、「描けない自分」に苛立つ嵩。互いを想っているからこそ、言葉はすれ違い、衝突する。のぶはついに「自分のせいなのではないか」と涙ながらにこぼす。これまで幾度も困難を一緒に乗り越えてきた2人だったが、この夜ばかりは修復できない溝が生まれてしまったように見えた。

 そしてのぶは家を飛び出し、向かった先は蘭子(河合優実)のもとだった。彼女が最も信頼を寄せる大人に身を寄せ、心の整理をつけようとする姿は、夫婦関係が新たな局面に差しかかったことを示していた。蘭子がのぶにどんな言葉をかけるのか、今後の展開の鍵になっていきそうだ。

 第104話は、嵩が“人気者”という表の顔の裏で、描けない自分に押し潰されていく様子を克明に描いた回だった。八木の「続けられるかどうかだ」という言葉は、創作に関わる者にとって普遍的なテーマを突きつける。のぶとの間に走った緊張は、嵩が再び漫画と向き合えるのかどうかを占う試金石のようにも思える。『あんぱん』は、人が夢と現実の狭間で揺れながらも、どこに歩みを進めるのかを丁寧に描いてきた。その流れの中で、第104話は“夫婦の絆”と“創作への覚悟”の両方を問う重い一話となったのではないだろうか。

■放送情報
2025年度前期 NHK連続テレビ小説『あんぱん』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00〜8:15放送/毎週月曜〜金曜12:45〜13:00再放送
BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜8:15〜9:30再放送
BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30〜7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:今田美桜、北村匠海、江口のりこ、河合優実、原菜乃華、高橋文哉、眞栄田郷敦、大森元貴、戸田菜穂、戸田恵子、浅田美代子、吉田鋼太郎、妻夫木聡、阿部サダヲ、松嶋菜々子ほか
音楽:井筒昭雄
主題歌:RADWIMPS「賜物」
語り:林田理沙アナウンサー
制作統括:倉崎憲
プロデューサー:中村周祐、舩田遼介、川口俊介
演出:柳川強、橋爪紳一朗、野口雄大、佐原裕貴、尾崎達哉
写真提供=NHK

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