古舘伊知郎「一日でも長くしゃべっていきたい」 トークライブ「古舘と客人と」の存在意義

古舘伊知郎が明かす「古舘と客人と」への思い

「今、しゃべれる場所があれば、それで幸せ」

――実は、ピエール瀧さんの回を拝見させてもらったのですが、その「せめぎ合い」みたいなものは、ちょっと感じました。

古舘:だったらわかってもらえると思いますけど、僕が「今日はハンバーグじゃなくて、あえてカレーを出すぞ!」ってどんなに頑張っても、来てくれているお客さんはハンバーグが食べたかったりする。やっぱり『地面師たち』の話をみなさん聞きたいじゃないですか。

――まあ、そうですよね……。

古舘:このイベントは一応僕の名前でやっていますけど、そういう意味で、やっぱりお客さんが主役です。僕なんかは別に――自意識過剰で、自分の中の葛藤みたいなことをベラベラしゃべってしまいましたけど、最後はやっぱり全部、お客さんに収斂されていくわけじゃないですか。だって、お客さんは、それなりのお金を払って、この場所に来てくれているわけですから。僕が客側だったら思いますよ。「もっと楽しませてよ」って。で、瀧さんが来てくれたなら、やっぱり『地面師たち』とコカインの話は、抜くわけにはいかないじゃないですか。

――(笑)。

古舘:今はもう、コカインは抜けていますよ。だけど、コカインの話は、やっぱり抜くわけにはいかないですよね、こっちとしては。

――まあ、テレビと違って、コンプライアンスがどうこうという場所ではなく、配信とかをしているわけでもなく……あくまでも、この場所に来た人しか聞けないような話を毎回されているわけで。

古舘:そう。そこはもう、配信もしないって銘打っているわけですから。それでいて、こういう場所で、イベントの宣伝はしたいっていう。そこもまた、矛盾しているんですけど。

――(笑)。「古舘さんが会いたい人に聞きたいことを聞く」という体のトークイライブではありますが、やはり来てくれた方々に満足して帰ってもらうことが、何よりも大事なわけですね。

古舘:だって、ゲストの方のファンのほうが多いですから。そのゲストの、普段は聞けないような話を聞きに、この場所に来ているという。武道館になぞらえれば、そういう方々がアリーナ席にダーッといるわけです。僕のファンなんていうのは、関係者席にちょこっといるくらいですから。そこはやっぱり、メインのお客さんに対するホスピタリティってものがあるわけです。今日の回も、多分そういう感じになると思います。今回ゲストで来てくださった松重(豊)さんも、僕は今日が「初めまして」なので。

――あ、そうなんですね。

古舘:一緒に番組をやったこともないし、共演したこともないです。ただ、もともと好きな役者さんで、『孤独のグルメ』(テレビ東京系)をはじめ、松重さんが出演されている作品は昔から結構観ているので、今回は大慌ての仕込みではなく……まあ、大丈夫かなって思っていますけど。

――仕込みのやり方も、ゲストによっていろいろあるわけですね。

古舘:そうですね。僕はそれを「キムチの発酵」って呼んでいるんです。大量の資料にひと通り目を通したあと、一旦投げておくんですよ。で、10日以上経ってから、また開けてみると、ちょっと発酵しているんです。というのは、こっちの捉え方が違うから。それは、10日前の自分と、今の感覚がズレているからなんです。やっぱり人間って、日々変わっていくものじゃないですか。

――わかります。で、いざ当日、ゲストを前にすると、また変わってくるんですよね。

古舘:そう、まったく変わるんですよ。だから、資料にとらわれ過ぎてはいけないんですけど、準備はしっかりやっておかないと、やっぱり不安なんですよね。

――なんとなく、古舘さんの往年の「F1実況」を思い出しました。

古舘:ああ、なるほど。わかりやすいことを言っちゃうと、僕はいろんな天才を、これまで各ジャンルでたくさん見てきました。だから、自分は天才には及ばないんだってことは、若いときから日々、仕事の現場で思い知っているんです。だからこそ、自分の場合は、準備を周到にやった上で、それを捨てていかなきゃいけないんだと。というのも、自分はあくまでも実況アナウンサーだから。ただ、そうやって捨てたはずのものが、ちょっと脳内に残っていたりすると、ある瞬間にそれがパッと出てきて、それをみなさんは僕のアドリブだと思ってくれていて。それこそF1の実況で、ドライバーのキャッチフレーズを言ったりするのは、アドリブじゃないんです。あらかじめ用意したものを、たまたま訪れたタイミングでパッと言っているだけ。だから、本当の意味でのアドリブではないんですよね。もちろん、実況というのは、アドリブっぽい雰囲気を出さなきゃいけない仕事ではあるんですけど、僕の場合はやっぱり、事前にしっかりと準備をした上でのアドリブなんです。

――そのスタイルは、このトークライブの中にも、ちょっと残っているように感じました。

古舘:ああ、そうかもしれないです。だから、もう半端じゃない中途半端になろうと思っています。僕の場合は、もうそれしかないと思いながらやっているようなところがあるんですよね。

――ちなみに、このトークライブならではの醍醐味と言ったら、どんなところになるでしょう?

古舘:やっぱりシンプルに、僕がそのゲストと盛り上がって、ゲストが言ったことに、お客さんがわっとウケるとか、僕が言ったツッコミで、お客さんが笑ってくれるとか、その瞬間の快楽ですよね。主役はあくまでもお客さん。僕はその人たちにしゃべりを売っているわけですから、お客さんが関心を持って聞いてくれているなっていうのが、会場の空気として伝わってきたら、それがいちばん嬉しいわけで。もちろん、お客さんが真剣に聞いているかどうかっていうのは、実体としては何も見えないわけですけど、暗がりの中で、いつも思わずお客さんの表情を探ってしまうんです。そこが苦しいところだし、楽しいところでもあるっていう。

――苦しいところ?

古舘:楽しい瞬間というか、その快楽の手前までは、必ず苦しみはありますから。だから、なかなか大変ではありますよね。毎回毎回、ビクビクしながら、あの話を振ったのは、ちょっとイマイチだったかなとか、少し相手をヨイショし過ぎたかなとか、話している最中にも、お客さんの雰囲気を見ながら、いろいろ考えるわけじゃないですか。

――やっぱり、目の前にたくさんのお客さんがいることが、何よりも大事というか、古舘さんは、ご自身のYouTubeチャンネルでも、ときどきゲストを招いてトークをしていますが、あれは恐らく、目の前にお客さんはいないわけで……。

古舘:おっしゃる通りですね。「対談」という意味では同じなのかもれしれませんが、その内容や雰囲気は、まったく違うものになっていると思います。YouTubeで一対一の対談をやるときは、まわりに数人のスタッフしかいませんから。だから、その場合は、ゲストがロース肉で、僕が衣なんですよ。パソコンやスマホで見てくださる視聴者の方は、そうやって作られたロースかつを、食べていただければいいという。だけど、この場所では、お客さんがロース肉で、ゲストが衣で、僕はもうキャベツなんですよ。ただ、キャベツが、どれだけとんかつを支えられるかっていうのが、やっぱり重要であって。だから、結構大変なんですよ。なるべくソースをかけられたくないというか。でも、それが楽しいんです。

――古舘さんのライフワークのひとつとして、このイベントは、今度も続いていきそうな感じですか?

古舘:そうですね。もう、続けられる限りは、続けたいと思っています。やっぱり、「初めまして」の方々も含めて、いろんな方々とステージ場で絡んで、そこでかみ合ったり、かみ合わなかったり、お互いで補填し合ったりするようなことを、もっとやっていかなきゃいけないんじゃないかって思っているようなところもあるんです。ただ、こういう取材を受けるときに、いつも言っちゃうんですけど、今後どういう場所でやっていきたいとか、そういうのはまったくないんですよ。どこか刹那的なところがあるというか、良く言えば、今だけを見つめている。過去にこだわらず、未来を予想しない。良く言えばですよ。悪く言えば、場当たり的。僕は、今、しゃべれる場所があれば、それで幸せなんです。だから、毎日毎日、しゃべれる場所があったら、そこに邁進していきたいし、もちろんそのための準備もする。3日先の未来は想定しますけど、基本的には、今、今、今……そうやって、一日でも長くしゃべっていきたい。それだけなんですよね。

■公演情報
「古舘と客人と vol.26」
出演:古舘伊知郎、土井善晴
日時:8月5日(火)18:30開場/ 20:00開演
会場:丸の内 COTTON CLUB(東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビルTOKIA 2F)
https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/ichiro-furutachi-250805/

「古舘と客人と vol.27」
出演:古舘伊知郎、高見沢俊彦
日時:9月9日(火)18:30開場/ 20:00開演
会場:丸の内 COTTON CLUB(東京都千代田区丸の内2-7-3 東京ビルTOKIA 2F)
https://www.cottonclubjapan.co.jp/jp/sp/artists/ichiro-furutachi-250909/

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