『べらぼう』森下佳子脚本の凄さが凝縮された“桜”への思い 治済の放つ“毒”が恐ろしすぎる

『べらぼう』意知×誰袖の悲恋

 つくづく日本人にとって桜は特別な花だ。開花がこれほど待ち望まれ、全国ニュースになる花も他にない。かねてより、合格することを「桜咲く」、一生のうちで可能性に満ちたいい時期を「人生の春」と例えてきたことからも、日本人の桜の花に対する思い入れの強さを改めて感じる。一方で、儚く散る様子に桜から「死」を連想することも。一花咲かせて、潔く逝く。そんな生き様に心を打たれてしまうのは、今も昔も変わらない。

 NHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第27回のサブタイトルは「願わくば花の下にて春死なん」。それが田沼意知(宮沢氷魚)が誰袖花魁(福原遥)に贈った狂歌を示すものだとわかる。ようやく結ばれた2人。「今宵はふたり、ともに花の下で月を見ようと」と誰袖が幸せそうに笑う。だが、時を同じくして、江戸城では佐野政言(矢本悠馬)が意知に斬りかかっていた。

 誤解を恐れずに言うならば、意知はもっと面白みのない人かと思っていた。父・意次(渡辺謙)は足軽から老中にまで成り上がっただけあって、大胆さと狡猾さを持ち合わせている豪胆な人だ。作中で大文字屋(伊藤淳史)が誰袖を褒めていたように、いつの時代も自分の人生を切り拓くのは「たくましさ」と「腹黒さ」を持ち合わせた人なのだ。

 そういう点でいえば、意知は田沼家の嫡男として育ったことから、どこか憎めない「腹黒さ」が見えにくい印象だった。少々グレーなことをしていたとしても、そうすることが田沼家の嫡男である自分の役目という使命感が先立っていて、どこか意次の言いなりになっている跡取り息子という印象が強かった。

 だが、そんな意知が蔦重(横浜流星)と交流を持ち、そして誰袖と想いを通わせるようになってから、どんどん人間味溢れる魅力が見つかってきた。蔦重に礼を言う場面で思い出したかのように「ありがた山だ!」とはにかんでみせたあの笑顔。意次にとっての平賀源内(安田顕)のように、遠慮なく意見を交わし、ときに考えもつかなかったアイデアをくれる蔦重は、もしかしたら意知にとって初めて「友」と呼びたい存在になっていたのかもしれない。あの「ありがた山だ!」には、そんな喜びも含まれていたように感じた。

 また、あの生真面目さを思うとこれまで女性関係に対しても羽目を外したことなどなかったのではないかと想像する。最初は、誰袖のことも利用できるいち遊女としか思っていなかったはず。だが、それこそたくましくて腹黒さを持った魅力的な誰袖に強く惹かれていった意知。田沼家の跡取りともなれば、結婚相手は家と家とで決められたもの。そう思うと誰袖は自分から手に入れた初めての恋だったのかもしれない。「まずい、まずい」と言いながらも誰袖の膝枕に身を沈める姿に、本人さえも知らなかったであろう意知の可愛げが溢れていたように思う。

 そして、ついには誰袖の身請けを強行する。冷害に浅間山の噴火、そして米騒動と苦しい生活が続く世間にとって、田沼父子に対する視線は最も厳しいタイミング。そこで表向きは土山宗次郎(栁俊太郎)の名で身請けをするという隠れ蓑を使うことにしたのだが、それでもこんな大胆なことをするなんて、かつての意知では考えられない、と驚かされた決断だ。そんな意知の愛すべき素顔を次々と見せつけられた後に待ち構えていた悲劇に胸がつまる。

 一方、意知を斬りつけた政言もまた思い詰めた結果なのだとわかるから苦しい。佐野家にとって待望の男子であった政言。しかし、めぼしい役職にも就けずにいる自分に長いこと苦しんできた。何度も意知のもとを訪ねては、頭を下げてきたことを私たちは知っている。長谷川平蔵(中村隼人)とともに羽振りのいい土山に近づこうと慣れない酒の席に参加するも、うまく切り出せなかった姿も見てきた。もちろん意知もできる限りのことをしようと動いてはいたのだけれど、その本意は佐野には見えない。

 そんな中、意知が自分を陥れたという言葉が聞こえてくる。きっとこのとき佐野に近づいた身分を明かせない男は、意知らが蝦夷地の上知を目指している動きを知った一橋治済(生田斗真)による使いの者だろう。じわじわと微量の毒が体を蝕んでいくように、意知に憎しみを抱くようにと佐野を取り巻く空気が変わっていく。

 あの真面目な意知がそんなことをするわけがない。そうは思いながらも佐野の心に鬼が巣食っていく。5代将軍・徳川綱吉から賜った桜の木。佐野から意次に贈った桜は「田沼の桜」と呼ばれ見事に花開いていた。それに対して佐野家の庭に植えられた桜は今年、ついに花をつけずに枯れそうだ。桜の木と重なる父子の姿。「なぜこんなにも違うのか」と涙したかと思いきや、まるで最後に一花咲かせて散る覚悟を決めたように笑う佐野。その虚ろな笑顔に、源内が心を病んだ姿を思い出した。何が夢で何が現実か、誰が味方で誰が敵なのか判断がつかなくなる。それが、疑心暗鬼という鬼に食われた人の心が見せる景色なのだろう。

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