『片思い世界』と『それでも、生きてゆく』の決定的な違い 坂元裕二が描き続ける“他者”

坂元裕二が描き続ける“他者”

 土井裕泰監督、坂元裕二脚本の映画『片思い世界』は、東京の片隅で共同生活を送る3人の女性の物語だ。

 児童合唱団で知り合った相良美咲(広瀬すず)、片石優花(杉咲花)、阿澄さくら(清原果耶)の3人は、古い一軒家で暮らしていた。

 実は彼女たち3人は、合唱団を襲った殺人犯の凶行によって命を落としており、それから12年間、幽霊として過ごしてきた。 

 しかし、幽霊と言っても彼女たちの姿は普通の人と変わらない。それどころか、死後も成長しており、人間の時と同じように日常生活を送っているのだ。

 幽霊である彼女たちは現実に関わることができない。例えば、車の中に赤ん坊が放置されている場面に遭遇し周囲の人々に助けを求めても誰も気づいてくれない。主人公でありながら3人は劇中で起こるトラブルを解決することはできず、ただただ、状況を見守りながら感情を吐き出すことしかできないのだ。そんな彼女たちの姿は私たち観客の分身だと言える。
そのことを象徴しているのが、3人が幽霊の登場するホラー映画を観ている場面だ。

 画面に映っている幽霊に対して、リアリティがない、自分たちとは全然違う、無理やり怖いビジュアルにしている、作者の偏見が酷いと3人は文句を言う。身近な職業が映画やドラマで描かれた際に視聴者が批判する時によく言うことばかりで、思わず笑ってしまうのだが、次第に3人は、この幽霊は「ひとりだったから」こうなったのではないかと考えるようになる。

 このシーンは、坂元裕二が日々の営みを丁寧に描いてきた理由を作者自ら解き明かしているようにも見える。食事や選択といった日常生活をおろそかにし、他者と関わらずに孤独を深めていくと、人はやがて幽霊のようになってしまうのだと言われているように感じた。

 近年の坂元裕二は、連続ドラマから映画に活動の場が移ったことにより、脚本の書き方が変化している。

 『花束みたいな恋をした』なら男女の恋愛の始まりから終りをそれぞれの視点から描き、『怪物』なら一つの事件を母親、教師、子どもたちの視点で描く三部構成。『ファーストキス 1ST KISS』ならば同じ時間を何度も繰り返すタイムスリップという、特殊な構造を設定し複数の視点から一つの出来事を多角的に見せる物語を展開している。

 そして今回の『片思い世界』では、幽霊になったことで現実とは違うレイヤーの世界に飛ばされた3人の女性が現実に戻ろうとする物語を紡いでいる。

 では、この特殊な構造を用いて本作は何を描こうとしていたのか?

 やがて3人は現実の世界に戻るためには、現実の誰かと心を通じ合わせることが必要だと知る。その「誰か」とは、美咲にとっては恋心を抱いている高杉典真(横浜流星)、優花にとっては母親の彩芽(西田尚美)、そして、さくらにとっては3人の命を奪った殺人犯・増崎要平(伊島空)だった。

 この三者の関係は、男と女、親と子、加害者と被害者という、坂元裕二がこれまで書いてきた人間関係を凝縮したもので、その意味で物語としては集大成と言える。

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