『ANORA アノーラ』と『白雪姫』が描くアンチシンデレラストーリー 評価を分けた差とは

一方の『白雪姫』は、悪質な女王によって支配された一国の王女である白雪姫(レイチェル・ゼグラー)が、自らの美しさによって女王の嫉妬を招きその命を狙われてしまうという本来の物語がしっかりとベースになっている。その上で、大きく従来と異なる部分は、その美しさとは、雪のように白い肌というような外見的な美しさではなく、雪のような純粋さという内面的な心の美しさであるという定義にフォーカスしている点。また、成就する恋は白雪姫をただ迎えに来ただけの王子様とではなく、所謂庶民の身分に位置する山賊のジョナサン(アンドリュー・バーナップ)との互いにある程度時間をかけながら惹かれ合う恋へと変わっている。そして、単に女王が自らの策に溺れて命を落とす物語が解決に向かうのではなく、白雪姫自らが立ち上がり民を率い、人々への慈しみと優しさをもって国の平和を取り戻すというストーリーへと変化する。
このようにして、外見や上辺の美しさだけで人に選ばれることはなく、待つだけの受け身な恋に落ちるのでもなく、さらに自身の力で権力にも立ち向かうという女性像が、観るものを虜にする多彩な映像表現や最先端の華やかなミュージカルを通して描かれている。
混迷を生み出した『白雪姫』の“映画”としての真価は? 実写版独自のテーマを紐解く
グリム兄弟の童話を基に、めくるめくファンタジー世界が圧倒的な表現力で展開する、ディズニーアニメーション『白雪姫』(1937年)。…どちらの作品も、女性がただ男性に選ばれて幸運を掴み取るのではなく、1人の女性が自ら奮闘し夢を実現するという形は同じである。これが現代に合わせてアップデートされたシンデレラストーリーの傾向と言えるだろう。
しかし、2作品の構造は全く異なるものとなっている。
まず、そもそもの2人の立場とその動きが真逆なのだ。『ANORA アノーラ』ではセックスワーカーの女性が夢の王子様と出会うが懸命な奮闘の末、自分の人生を生きる覚悟と涙に帰結する。他方、『白雪姫』では不当に没落させられた王女様が、初めて出会う外の世界、身分の違う男性や人々との出会いの末、持ち前の心の美しさをもって王女の立場に返り咲く。
『ANORA アノーラ』の物語における主人公の世間的な立ち位置が「上がって下がる」ものだとすれば、『白雪姫』は「下がって上がる」ものだと言える。この点においては、本来持つものと持たざるものという立場が始めから対極にある。それぞれのヒロインが、『ANORA アノーラ』ではすぐそばにあった愛に自らが気づき、失った先で獲得する物語であることに対し、『白雪姫』では元来の持っていた美しさに世間が気づき、失ったものを取り戻す物語だと言えるのだ。
この構造的な違いこそが、2作の明暗を分けた差であると筆者は考える。

確かに、『白雪姫』も勇敢な女性が男性に頼らずに自己実現を果たす「アンチシンデレラストーリー」である。
しかし、リメイクというハードルが『白雪姫』にあったとはいえ、現代において世間により受け入れられたのは『ANORA アノーラ』のリアリティであり、等身大の人生における戦いと喪失の物語なのだ。
ここから見える現代の需要とは、単純に「アンチシンデレラストーリー」として女性が能動的に活躍すればいいわけではないということ。そして『白雪姫』は、もちろんポリコレ的な立場においても、シンデレラストーリーの進化としても、ただ教科書通りに間違い直しを行ったにすぎないという印象はどうしても拭えず、実際にアメリカ本国では多くの批判的意見に晒され、現在の低評価にも至っている。

大切なことは、日々を生きる観客が共感できる距離感なのだ。求められているものは、約2時間の映画として「幸せに暮らしましたとさ」で完結する物語ではなく、劇場を出た後も当たり前に続く観客のこれからの人生をしっかりと肯定できる等身大の物語だ。また、そうして初めて真に観客の性別に関わらず、みなが同じ人間として手放しで楽しめる作品となるのである。ここまでをカバーできてこそ遂に、「アンチシンデレラストーリー」は完成する。
参照
※1. https://www.rekishijin.com/32214
※2. https://cinefil.tokyo/_ct/17589893
■公開情報
『ANORA アノーラ』
全国公開中
出演:マイキー・マディソン、マーク・エイデルシュテイン、ユーリー・ボリソフ、カレン・カラグリアン、ヴァチェ・トヴマシアン
監督・脚本・編集:ショーン・ベイカー
製作:ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
2024年/アメリカ/カラー/シネスコ/5.1ch/138分/英語・ロシア語
©2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. ©Universal Pictures
公式サイト:anora.jp
公式X(旧Twitter):@anora_jp
『白雪姫』
全国公開中
出演:レイチェル・ゼグラー、ガル・ガドット
監督:マーク・ウェブ
音楽:パセク&ポール
プレミアム吹替版声優:吉柳咲良、河野純喜(JO1)、月城かなと、津田篤弘(ダイアン)、諏訪部順一
オリジナル・サウンドトラック:ウォルト・ディズニー・レコード
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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