“柔道の専門家”も映画『TATAMI』を称賛 「作劇と競技に対するリスペクトが見事に両立」

森直人×古田英毅、映画『TATAMI』を絶賛

 2月28日より新宿ピカデリーほかにて全国順次公開される映画『TATAMI』のトークイベント付き特別試写会が、2月21日に神楽座にて実施され、柔道専門メディア「eJudo」編集長の古田英毅、MCとして映画評論家の森直人が登壇した。

 本作は、2019年8月の日本武道館で行われた世界柔道選手権東京大会で起こった、イラン出身の男子柔道選手サイード・モラエイに関する事件が原案。イランが国として認めていないイスラエルと試合をしないよう、モラエイに圧力をかけていたのだ。映画では、その事件が女子柔道選手のレイラ・ホセイニに置き換えられて描かれている。

 古田は国際柔道連盟のオフィシャル日本語解説者として、世界選手権やワールドツアー大会の実況解説を務めているほか、オリンピックではIOCのオリンピックブロードキャスティングサービスを通じ、リオ、東京、パリの各大会で競技映像の制作に参加した経験がある、いわば“柔道の専門家”だ。

古田「(事件を実際に目にして)平和ボケしていたことに気づいた」

古田英毅

 トークイベントはそんな古田による映画の大絶賛から始まった。「個人的には非常に面白かったと思います。柔道を題材にしたフィクション作品は、私たちが仕事で多く目にするものですが、どうしても自分の専門分野に近い作品ほど見づらくなってしまう傾向があります。しかし、本作はそうした難点が全くなく、柔道という競技に対するリスペクトが感じられると同時に、背景の問題を超えて単純に非常に楽しめる作品でした。上質なエンターテインメントだと感じました」と、柔道の専門家目線でも完成度の高い作品であることを強調した。

 古田は当日に実況解説者として放送席にいたとのこと。実際に事件を目の当たりにして感じたことは「(自身が)平和ボケしていたことに気づいた」ことだった。「以前から“イスラエルボイコット”、つまりイランの選手がイスラエルの選手と対戦しそうになると、故意に怪我を装って棄権する、あるいは事前に出場を回避するケースがあることは承知していました。しかし、今回の事件が日本で起こったため、私自身も電車に乗って解説に向かい、実際に現場を目の当たりにしたときには、平和ボケを感じると同時に現実感が薄いと感じました。また、日本のメディアもこの事態に全く気づいていなかったようです」と語る。

 当時の状況について、実況者としての目線で説明がされた。「当時、モラエイさんの柔道には多くの期待が集まっていました。しかし準決勝の畳に現れたモラエイさんの様子は不自然で、対戦相手のマティアス・カスという強力な選手と対峙しているにもかかわらず違和感があったんです」と明かす。

 続けて、「モラエイさんはオーラに欠け、攻撃も守備も単に目の前の状況に対処しているだけで、決定的な一撃を放つ意志が感じられませんでした。(モラエイの動きからは)意図が全く伝わってこなかったのです。解説中、オリンピック銅メダリストの西山将士さんとも『これは明らかにメンタルの問題だ。コーチから声がかかるべきだ』と話し合ったのですが、そのとき初めてコーチ席には誰もいなかったことに気づきました」と衝撃を受けた様子。

 「その時、現場で起こっている事態が一つの流れとして繋がり、『彼は国に逆らった』と感じさせる状況でした。つまり、すべては舞台裏で別の戦い、駆け引きが行われていたのです」と、古田は熱を込めて解説した。

 森も頷きつつ、「全員が緊張感を漂わせた様子が、本作『TATAMI』の奥深さを際立たせています」と、映画で事件について的確な演出がされていることを賞賛した。

柔道シーンの再現度は「最高峰の出来栄え」

森直人

 映画のレイラ・ホセイニ選手役を演じたアリエンヌ・マンディは、全く柔道経験がないにもかかわらず、撮影のために特訓を積み、すべての試合を自身で演じている。そして対戦相手は本物の柔道家が務めている。プロの目から見た柔道シーンの再現度については「柔道未経験者が演じる柔道アクションとしては、私が見た限りでは間違いなく最高峰の出来栄えだと思います」とお墨付きを与えた。

 さらに撮影技法についても言及。「これは単なる演技ではなく、本物の柔道の動きを見事に再現していますね。映像としても非常にリアルで、カメラワークはほぼ一人称視点に近い手法が用いられています。通常、スポーツ映画は公式映像に依存しがちですが、本作は全く異なるアプローチを採用し、近接撮影によって観客が主人公に感情移入しやすい環境を作り出しています。また、細部が隠れてしまう、つまり“バレにくい”効果もあるのが特徴です」と解説。

 続けて、「世代や時代を問わず、柔道のアイデンティティは一般には豪快な投げ技と捉えられがちです。しかし、これを正確に表現しようとすると、時に技の迫力が失われる恐れもあります。例えば、ボクサーが『ロッキー3』を観た際の印象のように……(笑)。単なる迫力だけではなく、内面のドラマや技の真髄を伝える必要があるのです」と語ると、森も「そのようなものだと思います」と同調。

 古田は「近接視点での撮影により、そうした問題は解消されています。私が特に評価するのは、作劇と競技に対するリスペクトが見事に両立している点です。違和感なく、柔道の真髄が表現されています」とまとめた。

 森も大きく頷きつつ、「古田さんのお話は、まさに映画論にも通じる素晴らしい内容です。実際、黒澤明監督の『姿三四郎』のような柔道描写のクリシェが存在するとも言えますが……」と返すと、古田も「鋭い指摘ですね。これについては、一冊の論考が書けるほどの内容だと思います。独自の視点で表現されている点が非常に新鮮で、なかなか観られないものだと感じます」と、大きな共感を示した。

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