接点のない2つの世界を調合する 『オークション』パスカル・ボニゼール監督が語る思惑
このたび、フランスの映画作家パスカル・ボニゼールにインタビューする機会に恵まれた。パスカル・ボニゼールといえば、とにもかくにもヌーヴェルヴァーグの鬼才ジャック・リヴェット監督の共同脚本家として知られた存在である。2025年に79歳を迎えるボニゼールは、『地に堕ちた愛』(1984年)以降、『嵐が丘』『彼女たちの舞台』『美しき諍い女』『ジャンヌ』2部作、『パリでかくれんぼ』など、後期リヴェットのすべての作品でシナリオを共同執筆してきた。
そんな彼の最新監督作『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』(2023年)が1月10日に公開される。第二次世界大戦後の混乱の中で消失していた20世紀オーストリアの画家エゴン・シーレの傑作がフランスの田舎の労働者家庭でひょっこり発見されたという実話に基づいた物語で、数奇な運命を辿ったタブロー(絵画)をめぐるこの作品は、推理小説のミステリアスさと冒険心、そしてボニゼールらしい風刺、諧謔に満ちた、久々に心躍る映画体験となっている。
「絵画は私の人生の重要なテーマ」
パスカル・ボニゼール(以下、ボニゼール):絵画というものは私の人生の非常に重要なテーマです。10代の頃は絵描きになろうか映画作家になろうか悩んでいたほどで、14歳の頃は漫画家に付いて修業していました。そもそも母親が画家だった。ただし今回の『オークション 〜盗まれたエゴン・シーレ』は私が持ち込んだ企画ではなく、プロデューサーのサイード・ベン・サイードが発注してきた企画です。神秘的な実話があって、それをもとにアート業界におけるオークションビジネスの内実に迫ってみようというのがベン・サイードの発案でした。私にはまったく見当もつかない途方もない世界だったので、「コラボレーターを付けてくれ」と頼みました。コラボレーターの女性はオークション関係者20人くらいに面接して、豊富な材料を積み上げてくれました。それをベースにオリジナルストーリーを書いていったわけです。
――実話だというのに、オークション会社に勤める主人公の名前がアンドレ・マッソン(フランスのシュルレアリスト)だったりして、かなり面食らってしまいました。
ボニゼール:主人公の競売人に実名を使用せず、アンドレ・マッソンとしたのはちょっとした目配せです。人物にせよ出来事にせよ、実話以外の虚構をどんどん付け加えていきました。そして、エゴン・シーレの幻の傑作がコラボ(対独協力者)の警察官がむかし住んでいた家から発見されたというミステリーは、実話に基づいているとはいえ、今回私が興味を抱いたのは「この絵がなぜフランスの田舎にぽつんとあったのか?」という謎です。つまりフランスはナチスドイツに占領されていた時代があり、ナチスにおもねることで生き残ろうとしたコラボたちの存在もあり、という重大な近現代史がこの実話の中には折り重なっており、そうした隠れた付帯事項の数々を、失われた絵画の発見ストーリーの中から炙り出していくというのが、私の今作の製作意図のひとつなのです。
折り重なったことがらを炙り出す――なんともジャック・リヴェット監督『美しき諍い女』(1991年)のシナリオを書いたパスカル・ボニゼールらしい創作上のふるまいではないだろうか? 『美しき諍い女』はまさに、今見えている1枚のタブローに現れた欲望の下に、もう1枚のタブローが塗りつぶされて隠れているという構造をなした作品だった。
そしてボニゼールには『Décadrages』(1985年)という著書もあり、これは『歪形するフレーム――絵画と映画の比較考察――』というタイトルで邦訳も刊行されている(梅本洋一訳、勁草書房、1999年)。cadrages(キャドラージュ)という単語は絵画では「額縁」を指し、映画では「フレーム」を指す。そこに否定を表す接頭辞déをくっつけることによって、ボニゼールはフレーミングの作業とそれを破壊する作業の双方を視野に入れた単語を造語したのだ。興味のある方はぜひこの本を古書店で探してみてほしい。
「接点のないはずの2つの世界を衝突させる」
ボニゼール:今回かなりの挑戦心をもって試みたのは、接点を持つはずもない2つの世界を衝突させて生じるショックをあらわにして見せることです。財力と権力に恵まれているのに、他者に何ひとつ与えようとしない冷徹なアートオークション業界――これはとても感じの悪い世界ですよね。一方、それとは真逆の、知らぬまにエゴン・シーレの絵をコラボ警察官の旧宅ごと手に入れてしまった若い工場労働者(アルカディ・ラデフ)――彼は誠実、素朴な青年で、所有欲からも権力欲からも無縁な世界に生きている。この永遠に出会うこともない両者がたった1枚の絵画を介して出会ってしまう。2つの相入れない世界が衝突することによって何が起こるのか、ということが今回の私の最大の挑戦だったのです。そして、若い工場労働者を演じたアルカディ・ラデフの作品への貢献は大きかったですね。
――エゴン・シーレの絵の相続人としてニューヨークからユダヤ人の大富豪がフランスに到着しますね。富豪の顧問弁護士がこっそりとアンドレ・マッソン(アレックス・ルッツ)に「なんだ、これはディケンズかゾラの物語か?」と聞くじゃないですか。アンドレ・マッソンは「いいえ、真実です」と答える。このやり取りがボニゼール監督らしいユーモアだと思いましたし、あなたの独り言としても聞こえました。
ボニゼール:まさしく。物語に対してちょっと距離を確保しておきたいという意識から出るユーモアなので、このセリフに言及してくださってうれしいです。ディケンズ小説の人間的な誠実さというものはこの映画にも入れてあります。弁護士役のアドリアン・ドゥ・ヴァンにあのセリフを言ってもらったのは、まさにこの企画をベン・サイードから聞いた時の私自身の言葉だったからです。そしてオークションは非常に排他的な世界であって、外から見てもなかなかわかりにくい不透明な世界ですよね。だから観客を案内する存在が必要になってきます。そこで主人公アンドレ・マッソンの隣に、インターン助手のオロール(ルイーズ・シュヴィヨット)というオリジナルの登場人物を作り出し、あのビジネスの厳しいルールを、私たち部外者=観客が彼女とともに学んでいくという構造にしたのです。と同時に、オロール自身もミステリアスなバックストーリーを抱えている。彼女もまた何かの秘密や過去のドラマを持っているけれども、私はこのキャラクターのすべてを開示したわけではなく、彼女は周囲の人たちに嘘ばかりついているし、ミステリアスさは最後まで消えません。