草彅剛にシャイロックが憑依する 舞台『ヴェニスの商人』が令和の時代に上演される意味

草彅剛が『ヴェニスの商人』で見せる二面性

 そんなふうに大衆に対して持論を展開し、戦い続けるシャイロック。その出番が終わるたびに舞台奥のベンチに座る草彅は、まるでアスリートや格闘家が控室やリングサイドで精神統一するかのような雰囲気だった。他のキャストが舞台上の様子を見つめているのに対して、草彅は床を見つめていたり顔を伏せる時間が多かったように思う。

 そんな仕草に、どうしたらシャイロックの主張が通るのか、草彅自身が彼のセコンドとなり、シャイロックを奮い立たせているかのようにも見えた。そこに座っているのは1人だが、まるで草彅とシャイロック、2人の人格が行き来しているかのような不思議な感覚だった。

 最終的にシャイロックの主張は認められるのだが、嬉々としてアントーニオの胸にナイフを突き立てようとしているわけではない様子にもまた複雑な気持ちになった。ナイフを握るその手には、さまざまな思いが込められていることを想像する。

 抗いようのなかった差別に対する復讐であり、法に則った自分の中の正義の証明。だが、どんなに憎い相手であっても、殺すことに罪悪感を抱かない人はそうそういない。シャイロックが、ユダヤ人もキリスト教徒も同じ感覚を持った人間だと主張したように。シャイロックだって、喜んで殺人をしたいと願ったわけではなかったはずだと、草彅の表情から伺えた。

 物語はその後、ポーシャ(佐久間由衣)の機転によって、「この証文はお前に一滴の血も与えてはいない」と、肉は切り取ってはいいが、血を流してはならないというトンチの効いた大ドンデン返しが待っている。そのクライマックスに、草彅“シャイロック“がどんな顔をするのかが見たかったのだ。

 悔しさのあまり怒号を上げるのか。あるいは絶叫して絶望を全身で表すのか。だが、彼が見せたのは、それこそ上辺の感情表現を脱ぎ捨てた、圧倒的な失意だった。みるみる生気が抜けて顔色が青ざめていく様子に、胸が痛くなったほど。そのまま喜怒哀楽のどれでもないような笑い声を残して姿を消す。私たちは、この笑顔をどう受け取ったらいいのだろうか。その戸惑いこそが、草彅版『ヴェニスの商人』がこの令和の時代に上演された意味なのだと思った。

 最後に、もうひとつの見どころとも言えるのが、舞台の幕引きだ。再び静寂の中、シャイロックが観客のほうへ静かに歩いてくる。最初に違和感を感じたあの足取りで、だ。そして、物語が終了した瞬間に、そのスイッチが草彅剛に戻るのだ。フッと微笑む表情も、そして歩き方も全く違うことに気づく。「憑依型役者」と言われる草彅からその役が抜ける瞬間を目の前で見ることができることも、この作品の大きな魅力だ。

■公演情報
『ヴェニスの商人』

【東京公演】
日程:2024年12月6日(金)〜22日(日)
会場:日本青年館ホール

【京都公演】
日程:2024年12月26日(木)〜29日(日)
会場:京都劇場

【愛知公演】
日程:2025年1月6日(月)〜10日(金)
会場:御園座

<チケット料金>
S席:13,000円
A席:9,500円
車イス席:13,000円(税込・全席指定)

出演:草彅剛、野村周平、佐久間由衣、大鶴佐助、長井短、華優希、小澤竜心、忍成修吾、春海四方、大山真志、青柳塁斗、石井雅登、冨永竜、田中穂先、天野勝仁、久礼悠介
脚本:ウィリアム・シェイクスピア
訳:松岡和子
演出:森新太郎
主催:TBS/CULEN
公式サイト:venice-stage.jp
公式X(旧Twitter):https://x.com/venice_stage
公式Instagram:https://instagram.com/venice.stage/

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