坂本真綾×河本啓佑が考える、吹き替え作品の醍醐味 「制約があるからこそ面白い」
古今東西、「お隣さん」とのやりとりを筆頭に、同じアパートの住人とのラブコメディは、時代を超えて愛され続けるジャンルだ。そんな普遍的なテーマを海外の視点で描いた、ミンソンア原作の韓国発Webtoon『下の階には澪がいる』が中国でアニメ化。日本語吹替版が7月よりフジテレビ「B8station」枠で放送中だ。
本作は、タイトル通り“下の階”に暮らす住人との交流を描いた青春ラブストーリー。主人公は、大学に合格し、憧れの一人暮らしを始めた杉浦陽。しかし、その下の階に住むのは、謎めいた魅力を放つ元アイドルの如月澪だった。2人の出会いから始まる、甘くも苦い青春模様が繊細に描かれる。
日本語吹替版では、如月澪役に坂本真綾、杉浦陽役に河本啓佑という豪華キャストが抜擢。多くのアニメ作品で実績を積み上げてきた2人は、言語や文化の違いを超えて、この作品が持つ普遍的な魅力をどう表現をしようとしたのか。中国語アニメの吹き替えならではの難しさ、坂本と河本にとっての「吹き替え作品を演じることの醍醐味」とは。
河本啓佑「20歳の自分の感覚を振り返りながら演じてます」
ーー本作は中国でアニメが配信、同作を原作とした韓国ドラマも配信されていたことから、日本版アニメへも多くの期待の声が上がっていました。まずは、オファーを受けた時の心境を教えてください。
河本啓佑(以下、河本):僕は韓国ドラマの『イ・ドゥナ!』の吹き替えの時に陽くんと同じ立ち位置のイ・ウォンジュン役をやらせてもらってたので、アニメの原作の内容はチェックしてたんです。その後、事務所からアニメ版をやると聞きまして。「やりたいです」って話してたら、ありがたいことに無事決まりました(笑)。ただ、決まってからは嬉しさと同時に、「これからどうしよう」っていう気持ちもあって。同じ役でもアニメだとまた演じ方は変わっていくと思うので、そういったドキドキ感もありました。
ーードラマの際の役へのアプローチも活きているのでしょうか?
河本:原作も読んでアニメとして演じるにあたって、一旦ドラマのことは忘れようと。ドラマでは、ヤン・セジョンさんが演じられてたんですけど、実際リアルな人間が喋るものとアニメーションは全然違うので、一度原作と向き合い直しました。
坂本真綾(以下、坂本):率直に「私でいいのかな」と思ってしまいました(笑)。こんなかわいい、現役の女子大生の役は久しぶりだったんです。海外ドラマだとあるんですけど、アニメではもっと若い声優さんが選ばれるイメージで。正直ビックリしちゃいました。最初、『イ・ドゥナ!』のドラマも原作も知らなかったので、内容をうっすら聞いて「30代くらいの元アイドルが学び直しする話だろう」と思い込んじゃったんです。
河本:あははっ。
ーー最近、そういう作品が多いですもんね。
坂本:なので台本を見て、(澪が)陽の1個上の先輩だと知って衝撃でした。実際に映像や原作を観ても、日本ではあまり見ないリアルなラブストーリーだったので。実写ドラマに近くて、ときにはお酒を飲んで羽目を外したり、キスシーンも濃厚だったり。BGMだけで表情を見せる長回しのようなシーンもあって、すごく大人っぽい作りなんです。そんな中で、澪は少女らしいかわいさもあるけど、人を翻弄したり、壁を作ったり、悩みを抱えてたり、艶っぽい部分も多くて、いろんな側面を持つ人物なんですね。そこを深く知ってからは、年齢のことは気にならなくなりましたが、第1話のアフレコまでは不安が大きかったですね。
ーーシンプルな現代でのラブコメだからこそ、キャラが魅力的ですよね。お2人はご自身の演じるキャラにどんな魅力があると思いますか?
河本:陽くんは、原作を読むとドラマの時よりも表情の振り幅もすごくあって、ボケたり落ち込んだりの切り替えも早い。20歳なのに、こんなにかわいい女の子たちと普通に会話して突っ込んだりできるコミュニケーション力もある。「大学1年でこんな振る舞いはできないぞ」って、カッコよさを感じました(笑)。
ーー実際のアフレコを経て、そのイメージは変わりましたか?
河本:実際の収録では、「全然カッコよくなくていい」ってことでした。「女性と話すことにも慣れてないみたいな感じを出してください」ってリクエストもあって。そういう意味では、等身大の男の子と言いますか。20歳の自分の感覚を振り返りながら演じてますね。
坂本:澪は元アイドルで、アイドルグループの真ん中にいた子なんです。きっとアイドルの世界で一生懸命やってきたけど、何かがあって人間不信気味だったり、自分を素直に見せることに抵抗がある。でも、それはどうしてなのかが陽にもまだわからない。そういうミステリアスな女の子って感じですね。パブリックイメージはキラキラしてたのに、陽くんと出会った時のギャップがこれまたすごいんです(笑)。いろんな表情を見せてくれるから、私も「澪がこういう人です」ってはっきりと言えなくて。「なんでこんなこと言ったんだろう」「なんでこんな行動ができちゃうんだろう」ってわからないこともあるんですよ。
ーー陽と一緒にこちらも振り回される感覚がこの作品の面白さでもあります。
坂本:そうなんです。澪自身も自分の行動を全部説明できるわけじゃないと思うから。衝動に従っちゃったり、心と反対の行動をしちゃったり。そういう誰にもつかませない本心の部分が、澪の魅力なのかなって思います。
坂本真綾、演技は「あくまで日本の雰囲気を参考にしてます」
ーー今回、中国語アニメーションの吹き替えということですが、中国語の吹き替えの難しさ、特にテンポ感や早さについて、お2人はどのように感じていらっしゃいますか?
河本:僕にとってはめちゃくちゃ難しいですね。喋っているニュアンスを、吹き替えでも原音のニュアンスや息遣いを全部なるべく同じようにしたいという思いがあるんです。でも、中国語だと発音の仕方が違うので、全部強く聞こえてしまったりするんですよ。そこはやはり、日本語との合わせ方が難しいなと感じています。あと、アニメーションの画もしっかり完成されている状態なので、そことの兼ね合いも考えます。ブレスの場所などは、ご相談させていただいたり。「原音と絶対同じで!」という現場だとそれができないんですが、この現場はそこは許されてる部分もあったので、甘えさせていただいた部分は多々あります。
坂本:中国語の早口な感じだとたくさん口が動くので、日本語もそれに合わせて言葉数を多くしないと合わないとか、そういう難しさはあります。でも、アニメなのでそこは、日本でこのアニメを見る人が違和感なく見られれば、ある程度自由に演じていいのかなと解釈してて。澪の原音を演じられている役者さん、声がめちゃくちゃ甘くないですか?(笑)
河本:そうでした。特徴のある、めちゃくちゃいい声で。
坂本:ね! 中国の澪の声優さん、すっごくかわいい声なんです。ずっとデフォルメサイズの澪が喋ってる感じ。
河本:わかります!
坂本:それに語尾が全部伸びてる印象があるんですよ。それに引っ張られて日本語版でも同じような喋り方をすると、甘えた雰囲気が、特に同性の方から見た時に媚びた感じになっちゃうのかなと思って。そこをどの程度甘さを活かしていくか考えます。そこは原音にあまり引っ張られすぎないようにしてるところですね。日本でアニメを初めて観る人は、役名も日本人の名前になってるし、日本の大学の話かなと思って見るじゃないですか。原作の設定が外国だとは思わない人もいるから、やっぱり日本の学生のリアルに近い方が理解して見られるんじゃないかなと思うので。ちょっとした飲み会の場の雰囲気だったり、大学での会話だったり。言語は違っても、あくまで日本の雰囲気を参考にしてます。