『燕は戻ってこない』の“正しくて間違っている”怖さ 桐野夏生×長田育恵が描く“公正性”

『燕は戻ってこない』リキが浅慮な行動に走る

 そんなリキに基から怒りのメッセージが届く。長文でつらつらと書き連ねた警告文には基のモラハラ気質を感じて、これもまた嫌悪感を禁じ得ないが、書いてあることは至極全うだ。基と悠子(内田有紀)は彼女に一千万という大金を支払うのだから。人工授精だって、一回、一回お金がかかる。それがリキの勝手な行動で無駄になってしまうかもしれないとなったら、基があれだけ怒るのも理解できる。2人が貧困にあえぐ彼女をお金で搾取しているように見えるかもしれないが、実のところ主導権を握っているのはリキなのだ。彼女がやっぱりやりたくないと言えば、2人は子供を持つ手段を失ってしまう。

 だけど、こうも考えられる。代理出産は命懸けのビジネスで、リキは死亡のリスクを背負っている。それも込みの報酬と言ってしまえばそれまでだが、死んでしまったら何の意味もない。だったら、事前に相談しなかったのは問題かもしれないが、地元に帰ってお酒を飲むくらい……と思ってしまうところもある。リキの言い分も基の言い分も、正しくて、間違っている。だから、怖いのだこのドラマは。どちらかに偏ってしまった時に、自分の本音や本性が炙り出されてしまう。

 結局、リキは基にコントロールされまいと「人工授精期間は他の誰とも性的関係を持たない」というおそらく最も重要な規約を破り、地元で再会した日高だけではなく、故郷に帰ることになった女性用風俗のセラピスト・ダイキ(森崎ウィン)とも関係を持つ。精子の生存期間を知らず、排卵日だから問題ないと思い込んでのことだった。浅はかすぎる行動の報いをリキは受けることになるのだろうか。

■放送情報
ドラマ10『燕は戻ってこない』(全10回)
NHK総合、BSP4Kにて放送
総合:毎週火曜22:00~22:45放送、毎週木曜24:35~25:20再放送
BSP4K:毎週火曜18:15~19:00放送
出演:石橋静河、稲垣吾郎、内田有紀、黒木瞳、森崎ウィン、伊藤万理華、朴璐美、富田靖子、戸次重幸ほか
原作:桐野夏生
脚本:長田育恵
音楽:Evan Call
制作統括:清水拓哉、磯智明
プロデューサー:板垣麻衣子、大越大士
演出:田中健二、山戸結希、北野隆
写真提供=NHK

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