山﨑果倫×櫻井圭佑が“唯一無二”の都楳勝監督作『夢の中』で得た経験 「俳優冥利に尽きる」
“映画”だからこそ描けるもの
――撮影はコロナ禍の最中に行われたそうですが、苦労したことは?
櫻井:クランクイン直前、けっこう長期にわたって撮影延期になったんです。確か、半年ぐらいブランクがあったんじゃないかな。
山﨑:私は撮影に入ってからは楽しめたんですが、その前の準備期間が大変で……けっこう何度も延期が繰り返されたので、「いつまでタエコでいればいいんだろう?」みたいなつらさはありました(苦笑)。
櫻井:わかる、わかる。
山﨑:「オバケっぽいビジュアルにしたい」という要望があったので、髪を伸ばして、わざと傷んだ髪のように見せていたんです。知り合いのヘアメイクさんにお願いして、あえてぐちゃぐちゃにパーマを当てたりして。だけど予定が変わってしまったので、その状態をキープしながら見た目を整えて、ほかの作品に出たりしていました。そういう「タエコを演じるための準備」がたくさんあったので、余計に不安は大きかったかもしれません。
櫻井:僕もショウ役のために金髪に染めたんですが、いちど黒に戻して別の作品をやり、また染めた記憶があります。でも、山﨑さんは内面的な難しさも大きかったから、大変だったと思います。
山﨑:大変でした! すぐに気持ちを切り替えてなれる役でもないので、常に自分のなかにタエコを持っていないといけなかったんです。それがつらくて……でも、撮影に入ってしまったら、タエコのことが大好きになりました。
櫻井:クランクインしてからも、天候などの問題で数日延期になったりしましたよね。当時は業界全体に「明日はどうなるかわからない」という空気が蔓延していて、だからこそ「今日は何をどこまでできるか」ということに、スタッフもキャストも強い意気込みで臨んでいた気がします。
――ロケーションや美術は、演じるうえで助けになりましたか?
山﨑:すごく大きな力を日々もらっていました。特に、美術監督の相馬直樹さんが手がけたセットが本当に素晴らしくて。
櫻井:相馬さんといえば映画美術の巨匠ですからね。
山﨑:衣装を着て、このセットに入ると、スッとタエコになれるんです。だから本当に、私だけの力ではタエコになれなかったと心底思います。幻想的で、美しくて、タエコのイメージにも沿った色のない感じも、つかみどころのない感じも、美術として表現されていたことにものすごく感動しました。私もこの作品を構成するひとつのパーツとして、背筋が伸びました。
櫻井:湖のロケーションも良かったですね。森に囲まれたビジュアルも非常に美しくて、それこそ現実と幻想の判別がつかなくなるような光景でした。
山﨑:本当に、ずっと見ていられるような景色でしたね。吸い込まれるような。
櫻井:湖に入っていくシーンは冷たかったんじゃないですか?
山﨑:それこそ感覚がなかったです(笑)。
櫻井:夏だったのでメチャクチャ暑かった印象があるけど、水は本当に冷たかった。あとはボートの場面も印象的ですね。それはまた別の湖で撮ったんですが、撮影が終わった瞬間、とてつもない豪雨に見舞われたんですよ。
山﨑:覚えてます! けっこう強めのシャワーぐらいの勢いで水が降り注いできて、もし櫻井さんがボートを漕げなかったら一巻の終わりでしたよね。
櫻井:僕と山﨑さんだけで、ある地点まで湖を漕いで行って、そこで動かないように浮いてないといけなかったんです。で、少しパラパラ降り始めながらも撮影して、終わった瞬間にドーッと。
山﨑:ホントに夢を見てるみたいでした。さっきまで撮影してたのに、一瞬にして空が真っ暗になって、土砂降りの中に2人だけでボートに乗っていて(笑)。同じボートに乗ってるのに、お互いに叫ばないと会話できないぐらいでしたよね。そういう不思議なことがたくさんありました。
――作品のクライマックスにあたる、水中撮影のシーンはいかがでしたか?
山﨑:撮影前はすごく怖かったです。ただ水に浸かるぶんには平気なんですけど、飛び込みや潜水は初めてだったので、大丈夫かなあ……と思ってたら、本番では恐怖心ゼロでやれたんです。自分では経験したことのない深さまで潜ることができたし、目標の位置まで泳いで行かないといけないカットも、きちんとベストのポジションに行くことができて。まさに水を得た魚のようでした(笑)。
櫻井:いやあ、すごいと思いました。僕は競泳の前に飛込競技をやっていたので、5メートルの水深でも抵抗なく行けるんですけど、普通はできないじゃないですか。水圧があるので耳は痛くなるし、演技で目を開けなきゃいけないし、相手役に対してリアクションもしなきゃいけない。しかも真っ暗な水中に、一筋の光だけが差すようなライティングが組まれた、なんとも心許ない状況だった。もちろんしっかり安全対策をしたうえでの撮影でしたけど、それにしても不安じゃないですか。なのに山﨑さんは終始平気で「行きまーす」みたいな感じで(笑)、もう躊躇なく潜っていくんですよ。メチャクチャ度胸あるなと思いましたね。
山﨑:耳は確かにすごく痛かったです。でも、別にどうなってもいいやと思ってたんですよ(笑)。
櫻井:ダメダメ、それは絶対にダメ!
山﨑:だって、このシーンが成立しなければ、この映画は終わりだなと思っていたんです。そこを生ぬるいものにしてしまったら、今までの努力はどうなるの?というぐらい、すごく責任の重いシーンだということは撮影中から分かっていて。だから自分の耳がちょっと痛くなろうと、映画はずっと残るものだから、それなら映画優先だと覚悟して臨んだ部分もありました。そのシーンの撮影が終わったあと、都楳監督に初めて「頑張ったね」って言われたんです。ちょっとウルっときましたね。
櫻井:あの日が最終日だったんだよね。
山﨑:そうなんです。クランクアップの挨拶で、髪がビショビショだったのを覚えています(笑)。
――ちなみに現場でのアドリブはあったんですか?
山﨑:この作品では、ほとんどなかったと思います。都楳監督は、目線をちょっと変えただけで「それもいいんですけど、もう1テイクもらいます」と言って、結局使わない感じでした。
櫻井:セリフに関して言うと、特にタエコとショウの会話は、そもそも会話として成立させようという意図がなかったと思うんです。ドラマを紡ぐものではなく、どちらかというと記号的で物体的なやりとりとしてのセリフの応酬というか。交わっているようで、すれ違っているような感触が狙いだったと思うので、その設計を崩すようなアドリブは求められなかったと思うんですよね。だから、セリフのアドリブは一切なかったと思います。あっても本編には残っていないだろうし。
山﨑:撮影したけどカットされたシーン、たくさんありますよね。私が湖のほとりでコンテンポラリーダンスを踊るシーンもあったんですけど、全カットでした(笑)。
――そんなシーンがあったんですね。
山﨑:都楳監督は、編集では作品全体のリズムを大事にしたとおっしゃっていたので、その結果だと思います。何よりも作品への没入感を優先させて、それが途切れないようにしたという話を聞いて、私も納得しました。本編には入らなかったけど、そのダンスシーンがあったおかげで、私はタエコの身体的アプローチをより具体的に得られたと思っています。それをタエコのいろんな場面のいろんな動きに還元できたので、私にとっては無駄にならなかった場面でした。
――完成した作品をご覧になっていかがでしたか?
山﨑:自分が「難しい」と感じていた脚本が、こんなふうに形になるんだ!という客観的な驚きと、こんなに綺麗な映像作品になったんだ!という嬉しさがありました。脚本も読んで、撮影もして、すべて知っているはずなのに、すごく新鮮な気持ちで観たんです。だから、何も情報がない状態で『夢の中』という作品を観た方がどう感じるのか、とても興味があります。
櫻井:撮影から数年経っていたので、わりと客観的に作品を観ることができました。改めて、すごい世界観だなと思いました。そんなに尺も長くなく、セリフの量も少ないけど、そういう印象がない。山﨑さんがおっしゃったように「こんなふうに繋がるのか」という、都楳監督が持っていたイメージへの新鮮な驚きがありました。監督のなかにはそのイメージがずっと明確にあって、それを脚本のなかで説明しようと思えばできたけど、どこまで文字で伝えるかについては悩んだという話をあとから聞きました。実はすべて監督の脳内では完成していたのだと聞いて、狂ってるな~と思いましたね(笑)。もちろん良い意味で。この時代にこの内容で攻める都楳監督の姿勢に、同世代の人間としても、創作者のはしくれとしても、すごいなあと思いました。
山﨑:『蝸牛』も『夢の中』も、本当に都楳ワールドとしか言いようがないですよね。都楳監督の作品って、あの映画に似ているとか、ほかの監督さんの作風を思い出させるとか、そういう部分が全然ないんです。ほかには見当たらない唯一無二の存在で、それがすごいですよね。唯一無二のものを作ることって、とてつもない意欲と、創作に対する愛と情熱がないと難しいと思うんです。そういう監督の世界に加われたのは、俳優冥利に尽きるというか、とてつもない嬉しさを感じました。
――最後に、これからの時代を担う若い世代のクリエイターとして、意気込みや目標があればお聞かせください。
櫻井:実は、都楳監督とは年齢がすごく近いんです。確か1歳上だったかな。だから、ほぼ同世代の監督を筆頭に、若手中心のスタッフ・キャストで作り上げた作品に自分も参加できて、光栄でした。自分も20代でクリエイター集団を作りまして、『君に幸あれよ』(2023年)という映画を監督し、写真や映像制作といった活動範囲を広げているところです。これまでは、若い世代が自分たちで良いものを作るチャンスが少なかったと思うんです。意欲はあっても世に出していく術がないので、諦めてしまうことも多かった。でも、いまは多種多様な媒体で作品を発表できるし、国内・海外を問わず、チャンスも選択肢もどんどん広がっていると思います。そこに20~30代の若い世代で攻めていきたい、カテゴリーにとらわれずに自分も頑張りたいという気持ちはあります。
山﨑:私はいま24歳なんですけど、私たちの世代って「何者でもないこと」にすごく恐怖を感じながら大人になった世代だと思うんです。情報化社会がどんどん加速していくなかで思春期を過ごして、検索すればいろんなことにすぐ答えが出てくる世界に生きている。そんな時代に、若くして起業家になったり、高校生で社長になったり、いろんなキラキラした肩書を持って「何者か」として活躍する人たちのニュースが溢れているじゃないですか。それが短絡的な成功とか、すぐに結果を求めてしまう精神につながると思うんですけど……私はむしろ、失敗しても、効率が悪くても、ちょっと道を間違えて遠回りしても、その過程の美しさを大事にしたいんです。人と人が手を取り合って、対話を重ねて、1人でやるより2人のほうが倍の時間がかかったとしても、時間をかけて何かに取り組むことの美しさを描けるのが、映画とかドラマの良さだと思うんです。それらを作る過程にも同じことが言えて、その美しさを大切にしたい、そういう俳優になりたいと思っています。それが世代ならではの感覚なのかはわかりませんが、いまはそういうアンテナを大事にして活動していきたいと思っています。
■公開情報
『夢の中』
5月10日(金)より、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
出演:山﨑果倫、櫻井圭佑、アベラヒデノブ、金海用龍、森崎みのり、玉置玲央、山谷花純
脚本・監督:都楳勝
音楽:若狭真司
撮影:上野陸生
照明:佐藤仁
録音:五十嵐猛吏
美術監督:相馬直樹
企画・製作・制作プロダクション・配給:レプロエンタテインメント
配給協力:インターフィルム
2023年/日本/65分/カラー/ステレオ
©「夢の中」製作委員会
公式サイト:https://yumeno.lespros.co.jp
公式X(旧Twitter):@yumeno_movie
公式Instagram:@ClingtotheNight