西村純二×押井守『火狩りの王』の想像力を刺激する深い問題提起 現代社会を映す鏡の役割

『火狩りの王』想像力を刺激する深い問題提起

 結果として文明レベルは、産業革命期近くまで著しく後退した。通信機器や交通機関その他は、まるで不便きわまりない世界なのだ。首都と呼ばれる都市部の他は、森から距離をとった平野に集落が点在するだけ。文明が要求するエネルギーに関して火が使えないため、森に出現する怪物「炎魔」からのみ、安全に使用できる燃料を取得できる。これを獲得する特殊技能をもつ者が、題名の「火狩り」というわけだ。

 狩られた「無害な炎」は加工され、市井の人びとの燃料となる他、回収車に乗せられ、首都へと届けられ、集約されている。それは巨大なメカニズムを動かすためだ。この世界なりの新しいインフラとシステムが確立している。……と、これらの大半はほとんど解説のないまま進行していく。

 主人公の少女・灯子(とうこ)は禁じられた森に入り、炎魔に襲われたところを火狩りに救われた。その結果、死んでしまった男の道具と狩り犬の“かなた”を首都に届けるため、地上を走る鉄の回収車に乗って旅に出た。

 その落命した火狩りの長男・煌四(こうし)は、首都に住むもうひとりの主人公である。煌四が従事する極秘の兵器研究、森に住む反乱分子“蜘蛛”、植物と融合したような“木々人”、そしてすべての事象を操ろうとする“神族”など、異形の者たちが交錯し、闘争も激化していく。大災厄を経て変わり果てた自然環境と都市化された文明の対比の中、物語の鍵は「千年彗星」に内在する「揺るる火(ゆるるほ)」が握っていることが、次第に明らかになる。それはどうやら戦争前に打ち上げられた人工衛星らしい……。

 視聴者は、登場人物たちが見聞きするものに寄り添いながら、この種の「世界の成り立ち」をひとつずつ読み解くことになる。「分かりやすい解説」は一部を除き、提供されることはない。視聴者は随所で「?」と疑問符を付けながら先へ進むことになるのだが、自分の頭で読み解いた結果として得られる「!」という得心には快楽が伴う。

 それは一見奇妙に思える世界の構造は誰かが仕掛けたものであり、そこに「辻褄」が通っているからである。しかも次第に明らかになる真相の奥に「バイオテクノロジーへの過信」があることは、現代社会とも密接に結びついている。そこに野心を隠そうとしない者たちの言動は、われわれの心の中を映し出す鏡の役割も果たしているということだ。

 「それでもなお生存し続けようとする人類の姿」を通じ、ここ何年か「巨大な災厄」に連続して見舞われる現実のわれわれの中にも、「何を信じ、何を大切にすべきか」が段階的に芽生えていく。「なぜ、こんなことになってしまうのか」と、ネガティブに考えればキリのない悲惨な出来事が続き、時に心を傷つけるような残酷な描写も少なくない。そして多くの事件の動機は「復讐」に支えられているなど、「心の問題」に由来している。しかし、このアニメを「身近にありそうなこと」の「たとえ話」だととらえると、何か光明のような手がかりもほのかに見える……。

 各登場人物の最初と最後で、どんな「変化」があったのか、その差分を考えぬき、各自「自分だけの答え」を見つけることこそ、作り手たちの願いではないだろうか。

 西村純二監督による映像は、ありがちな表現に頼らず、この作品だけのルックを求めて模索している点で興味深い。人物造形も「キャラ化」のような誇張に乏しく、卑近な感情を示せるよう、日常的な動作にも配慮が行き届いている。

 色面を大きくとったカゲなし作画、和服や犬の体毛など部分的なテクスチャ処理、静止したイラストや筆文字の大胆な挿入など、他作には見られない独自の技法を多用している。コスチュームなども含め、全体的に画面づくりは抑制的で、その違和感で人を選ぶとも思えた。だが、先入観でシャットアウトしてはもったいない。いったん様式として受け入れてしまえば、物語自体が伝えてくる骨太な主張が、かえって脳内で膨らむようなところも感じられたからだ。

 筆者はここしばらく「物語とは根源的に何なのか」を考え続けてきた。ことにエンドマークが打たれた後、何だかすぐには分からないものが残る作品が、同時多発的に増えてきている。次から次へと消費し続けるのも楽しいことだが、時に立ち止まって、教養に裏打ちされた深い問題提起を誘発し、「人の本質」を熟考させられる……そんな作品に身をひたす時期かなと、そんなことを本作『火狩りの王』で考えさせられたのであった。

■放送・配信情報
『火狩りの王』第2シーズン
WOWOWプライム、WOWOWオンデマンド他にて放送・配信中
声の出演:久野美咲、石毛翔弥、坂本真綾、細谷佳正、早見沙織、山口愛、國立幸、小市眞琴、三宅健太、名塚佳織、宮野真守、綿貫竜之介、大原さやか、嶋村侑、石見舞菜香、M・A・O、石田彰、榊原良子
オープニングテーマ:「飛花落花」Cocco(ビクターエンタテインメント)
エンディングテーマ:「抱きしめて」坂本真綾(フライングドッグ)
原作:日向理恵子(「火狩りの王」ほるぷ出版 刊)
キャラクター原案:山田章博
監督:西村純二
構成・脚本:押井守
キャラクターデザイン:齋藤卓也
総作画監督:齋藤卓也、黄瀬和哉、海谷敏久
撮影監督:小川滋見
編集:植松淳一
音楽:川井憲次
音楽制作:フライングドッグ
音響監督:若林和弘
音響制作:プロダクション I.G
アニメーション制作:シグナル・エムディ
©︎日向理恵子・ほるぷ出版/WOWOW

「遂に最終回!11~19話一挙放送」
WOWOWプライムにて、3月16日(土)3:00~放送
公式サイト:https://www.wowow.co.jp/special/021393

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