コールマン・ドミンゴがオスカーノミネート 『ラスティン』が“いま”製作された大きな意義

『ラスティン』が“いま”製作された意義

 ジェフリー・ライト(『アメリカン・フィクション』)やキリアン・マーフィー(『オッペンハイマー』)らとともに、第96回アカデミー賞主演男優賞にノミネートされた、コールマン・ドミンゴ。近年、『カラーパープル』(2023年)や、『ビール・ストリートの恋人たち』(2018年)など、多くの話題作に出演している俳優だ。

 彼が今回ノミネートされた役は、書籍を基にした映画『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』の主人公である、実在した政治活動家のバイヤード・ラスティン。映画のタイトル通り、多くの人々にとって意義深い「あの日」を作ることに尽力したことで、アメリカ社会を大きく変革させた人物である。

 「あの日」とは何なのか。そして、バイヤード・ラスティンを演じたコールマン・ドミンゴが高く評価された背景には何があるのか。ここでは、本作『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』の内容を見ていきながら解説していきたい。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 「私には夢がある(I Have a Dream)」から始まる、あまりにも有名な、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)の1963年の演説……肌の色や宗教の違いによる差別や弾圧を受けず、誰もが自由に暮らせる世界の到来を願って発せられた内容は、差別に苦しむ人々に希望を与え、いまも多くの人々に日々を生きる力を与えている。

 この演説がおこなわれたのは、公民権の獲得と差別撤廃を求め、アフリカ系市民を中心に20万人もの人々が集まった大規模な運動「ワシントン大行進」でのことだった。当時すでに、奴隷制を廃止する憲法修正がおこなわれてから100年もの年月が経っていたが、いまだ国内には人種隔離法が存在するなど、事実上、差別が認められていた状況にあった。この運動は、そんな愚かな法を変えさせる大きな力となったのだ。

 本作が言う「あの日」とは、この歴史的大イベント「ワシントン大行進」がおこなわれた日のことである。交通網や通信がいまほど発展していない時代、政治運動でこれだけの人々を集め、多くの著名人をも参加させたこと自体がすごいことだが、同時に大きなトラブルを起こさずに終えられたことも賞賛すべきだろう。比較するのも失礼なことながら、2021年に、過激な差別主義者、陰謀論者たちが、大統領選挙に不正があったという煽動に乗せられてワシントンに集まり、議会襲撃という暴挙に及び民主主義を脅かした事件とは、雲泥の差があるといえる。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 そして、この一大イベントを裏方としてプロデュースした人物が、活動家のバイヤード・ラスティンだったというわけだ。彼の活動家としての特徴は、インドの政治指導者マハトマ・ガンディーの「非暴力」の思想を、自分の活動に徹底させていた点だった。実際に彼はインドに行って、ガンディーの意志を継ぐ指導者から非暴力的な抗議の手法を学び、アメリカ、アラバマ州での人種を隔離する公共交通機関の方針に異を唱える「バスボイコット運動」に活かしている。そういった暴力を排除した闘い方をキング牧師に説いていたのも、ラスティンだった。

 本作が描くのは、彼が「ワシントン大行進」を成功させるまでの、さまざまな奮闘と苦悩である。当初は行進に乗り気でなかったNAACP(全米有色人種地位向上協会)の協力を根気強くあおぎ、若手の活動家たちを鼓舞しアイデアを募ったり、影響力のあるキング牧師に呼びかけてもらうために何度も足を運ぶなど、八面六臂の活躍で、運動にまつわるさまざまな要素を調整していく。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 根っこには同じ想いを持ちながら反発し合う団体の間に立って話を聞き、人の心をつかみ仲間に引き寄せていく魅力や、多方面に配慮しながらも運動の理念を守ろうとする強い意志を見せるなど、彼の役割は限られた人間にしかできないものだということが、本作を観れば理解できる。また、音楽の才能にも秀でていて、その能力が劇中の意外な場面で活かされることになる。

 歌唱シーンといえば、劇中で「リトル・スティーヴィー・ワンダー」と呼ばれていた、子ども時代のスティーヴィー・ワンダーのパフォーマンスを再現させたシーンも楽しい。これは「ワシントン大行進に捧ぐ慈善コンサート」での一場面だが、ここにハリー・ベラフォンテやクインシー・ジョーンズが参加していることが、同時に劇中で示されていることから、このライブが後にアフリカの飢餓問題解消のために音楽界のスターが集合した、彼らも参加する楽曲「ウィー・アー・ザ・ワールド」に繋がっていることも分かる。

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