『傷物語』の音楽はいかに作られたのか 楽曲クリエイターが語り合う

『傷物語』の音楽はいかに作られたのか

「étoile et toi」を日本の音楽史に残る楽曲に

ーー劇伴について伺いますが、『-こよみヴァンプ-』の制作に当たって作り直したり、付け直したりしたのでしょうか?

神前:編集で可能なシーンに関しては、細かく手を入れながらも編集で対応しました。大きく手が入ったシーン、例えばギャグシーンがなくなってシリアスなシーンだけを繋いだところもあるので、そこは新曲を使いました。完全新曲で7曲かな、再編集した曲も14曲で。総集編にしては大ナタが入った感じです。

ーーシリアスな雰囲気が増して、キャラクターの感情の流れも、それぞれのシーンの位置づけも変わりました。やはり音楽も変わってくるものでしょうか?

神前:完成形を知っているので、音楽をよりシビアにといいますか、より細かく当て込む感じになっています。既存曲に関しても、一番気持ちいいタイミングにはまるような演出をしました。効果音やセリフが全部入った状態で音楽を付けられたので、戦闘シーンなどアクションのタイミングに対してうまく当てられたと思います。

クレモンティーヌ:神前さんと高田さんに伺いたいのですが、こうしたアニメ映画を1作品作る際に、音楽はどれくらいの時間をかけて作っているのでしょうか?

神前:総計で60分あるとしても、ふた月は欲しいところですね。レコーディングまで含めると3カ月は必要です。

クレモンティーヌ:それは大変ですね。

ーー神前さんと高田さんは『傷物語』に限らず〈物語〉シリーズ全体に、ずっと音楽で携わって来ました。同じシリーズですが作風もずいぶんと違います。やはりそれぞれに合わせて作曲していく感じでしょうか?

神前:毎回コンセプトもお話も違いますから、演出的な意図に沿って音楽もプランニングしていきます。最初の『化物語』は、無機的な世界観で舞台演劇のような独特なセリフ回しがあって、カメラワークも舞台を客席から見ているような視点でかなり前衛的な映像でした。音楽については音響監督からミニマルミュージックの手法を使ってほしいという提案があって、そういうマッチングもあるのかと思って作って、完成した映像を観てびっくりしました。これは凄い作品が出来たと思ったことを覚えています。

ーー『傷物語』はいかがでしたか?

神前:尾石監督のエッセンスが出ていますね。個人の美意識がここまで貫かれた映画というのはなかなかないと思います。音楽についても、尾石メモに沿って1曲1曲の演出と言うか、設計に近いものをいただいていて、迷ったらそこに戻って読み解き、汲み取っていく作業でした。

高田:僕も定期的にメモを見て、それを読み解きながらといった感じになっていました。『-こよみヴァンプ-』では今までの3部作があるので、新規のカットがここにあるなら今までと何か違う感じのことをやりたいんだろうというのが分かりやすかったです。3部作をそのまま踏襲するなら今までの曲を当てれば良いわけですが、そうではない何かを求めている時は、メモを参考にして読み取っていきました。

クレモンティーヌ:尾石監督とはどのような方?

神前:礼儀正しくて不公平がない人で、芯が強くて熱量が高いですね。ものすごく作品への愛情というか熱意があって、その熱意にみんな振り回されて3部作を8年間、付き合ってきました。というか付き合わされました(笑)。

クレモンティーヌ:監督の世界を理解するのに時間はかかりましたか?

神前:時間はかかりました。表現というか演出がかなり個性的で、時間軸を変えたりナンセンスな表現もあったりして、引用もサンプリングもあってそれらが突然出てくるんです。

高田:こう描いてあるからこうなんだといった正解が簡単には分からないんです。これで良いんだろうかといったことを、デモの楽曲を介して確認してもらうことが必要でしたね。

ーー改めて『-こよみヴァンプ-』という作品を観る観客にメッセージをお願いします。

神前:『-こよみヴァンプ-』として3本の作品が1本にまとまったことで、ある意味、分かりやすくなったと思います。『傷物語』は本作をまず見ればOK、といった決定版になっているので、ぜひ観ていただきたいです。音楽については、やはり映画館の音響というスペシャルな体験をしていただきたいです。クレモンティーヌさんの小さな息づかいからオーケストラのフォルテッシモまで、余すところなく体験できます。

高田:劇場で音が出て消えていくところまで含めて、音を感じながら観てもらえると嬉しいです。その場を振動させているものが時に静まったり、大音量で響いたりといった具合に、音の存在が現れたり消えたりするようなことは、日常ではなかなか意識しません。そういうことが存分に感じられる場面がいくつもある作品です。劇場で味わっていただけると嬉しいと思います。

クレモンティーヌ:やはり皆さんと同じで、これは極めて舞台に近い作品なので、舞台を観るように映画館に行ってほしい、なるべく良い音が鳴る映画に行ってほしいなと思います。エンディングの8分は長いですが席を立たずに最後まで聴いて下さいね。

ーー最後です。クレモンティーヌさんはこれからも「étoile et toi」を歌っていかれますか?

クレモンティーヌ:もちろんです。私にとっての願いは、この曲が日本の音楽史においてスタンダードの一部になっていってほしいということです。それだけの要素を持った曲です。ミッシェル・ルグランの歌のように皆が口ずさんでくれるような曲、皆が知っているメロディになって残ってほしいと思いますし、残るべき曲です。

ーーちなみに、ビルボード横浜のライブで「étoile et toi」を歌った時は、神前さんがピアニカを弾いてエンディングとは違ったアレンジの曲になりました。

クレモンティーヌ:今回のライブで神前さんと一緒にステージで歌った時は、どちらかといえばタンゴのような感じになりました。これだけしっかりしたメロディがあれば、どのような形にでも、誰がカバーしてもしっかりと伝わっていく曲だと思います。

神前:大変に恐縮しています。どなたかにカバーされるということは想定していませんでしたが、確かにそういった他の表現も聞いてみたい気がします。例えば日本語でとか。そうなっていけば嬉しいですね。

クレモンティーヌ:私自身もずっと歌い続けていきます。

ーーできれば「恋愛サーキュレーション」も歌い続けていってください。

クレモンティーヌ:歌います。ぜひ歌わせていただこうと思います。

■公開情報
『傷物語 -こよみヴァンプ-』
公開中
キャスト:神谷浩史、坂本真綾、堀江由衣、櫻井孝宏、入野自由、江原正士、大塚芳忠
原作:西尾維新「傷物語」(講談社BOX)
監督・脚本:尾石達也
キャラクターデザイン:渡辺明夫・守岡英行
音響監督:鶴岡陽太
音楽:神前暁
アニメーション制作:シャフト
配給:アニプレックス
©西尾維新/講談社・アニプレックス・シャフト
公式サイト:https://www.kizumonogatari-movie.com/
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/nisioisin_anim

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる