『傷物語』3部作をなぜいま再構築? プロデューサーに聞く『物語』シリーズの凄さ

『傷物語』3部作をなぜいま再構築したのか?

 『傷物語』が帰ってきた。西尾維新の小説シリーズを原作に、2016年から2017年にかけて『傷物語Ⅰ〈鉄血編〉』『傷物語II〈熱血編〉』『傷物語III〈冷血編〉』として劇場上映されたアニメを、尾石達也監督が改めて編集し直し、『傷物語-こよみヴァンプ-』として公開。主人公の阿羅々木暦と吸血鬼のキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードとの関係を軸に凝縮されたストーリーを、新録のアフレコや音楽とともに令和の時代に送り出した。3部作をどう変えたのか。それによって何を伝えようとしているのか。『傷物語-こよみヴァンプ-』でプロデューサーを務めるアニプレックスの石川達也に聞いた。(タニグチリウイチ)

キスショットと暦の物語として編集

――どのような経緯から『傷物語』3部作の総集編という企画が立ち上がったのでしょう?

石川達也(以下、石川):2017年に3部作の3本目の公開が終わって一段落がついたときに、弊社の岩上(岩上敦宏  現代表取締役社長)と会話をしていて、元々は『傷物語』は1本の映画で構想していたこともあって、改めて3本を1本にまとめるのはどうだろうという提案をもらいました。そこで、僕と岩上とで尾石達也監督とシャフトに提案に伺い、「3本を1本にしてみませんか」と言ったところからこの企画が動き始めました。

――結構前から計画はあったのですね。

石川:そうです。立ち上がり自体は、『III〈冷血編〉』が公開されて少し落ち着いた頃だったと記憶しています。尾石監督にもご快諾いただいて、編集自体も割とスピード感を持って進めていただいていたんですが、その間に別の『物語』シリーズが動いていたり、他の展開もいろいろあったりしたので、企画をより具体的に揉んでいこうとしていたところにコロナ禍が来てしまったんです。

――物流から人の移動まであらゆるものがストップしてしまって、アニメも業界も制作延期などが多発しました。

石川:まさにそのタイミング、2020年の春ごろに音楽の作業をやろうかと言っていた時期だったので大変でした。音楽は人がすごく集まるので、なかなか作業が難しくなって企画が寝ていた時期もありました。ようやくコロナ禍が落ち着いて作業が再開して、改めて音もきちんと作り直していって今に至ったという感じです。どれくらいの尺にするかも割と早めに決めていて、あとは3本を1本にまとめる上で必要な全体のカラコレ作業や、ちょっとしたカットのブラッシュアップなどを少しずつ進めていました。現場を一旦バラしてしまうと全員を呼び戻すことは難しいので、尾石監督やキャラクターデザインの守岡英行さんが中心となって、CGチームのサイクロングラフィックスでこつこつと作業を進めていました。

――今回、3部作として展開した作品を1本にまとめるにあたって、尾石監督はどのような方針で臨まれたのでしょうか。よりくっきりと打ち出したい主題のようなものはお持ちだったのでしょうか?

石川:最初に1本にしませんかと言って話を持っていった時、ヴァンパイアストーリーの映画として作ってもらえませんかといった相談をしたんです。そういったことから、いわゆるコミカルなシーンはオミットする方向で監督の中でプランを持っていただいて、暦とキスショットに焦点を当てたお話を作っていただいたのではないかと思っています。

――確かに、見終わると暦とキスショットの出会いから始まって、激しい葛藤を経てその後の関係へと向かう流れが強く感じられるようになったと思います。

石川:2時間24分とやや尺は長いんですが、1本の映画としてはものすごく観やすくなったなと思っています。これは尾石監督の言葉ですが、『化物語』というTVシリーズでは戦場ヶ原ひたぎというヒロインにフォーカスを当てて作ったところがあって、もうひとりのヒロインの羽川翼にピントを合わせるのが難しかったというか、少しおざなりになってしまった部分があるとのことでした。それで〈鉄血編〉〈熱血編〉〈冷血編〉で羽川を際立たせてあげようとしたら、今度はキスショットへのフォーカスが甘くなってしまったので、今回の映画でキスショットと暦の物語として編集していただいたのかなと思っています。

――そうは言いつつ羽川は、直江津高校の前で暦と出会う冒頭のシーンや、体育倉庫で暦を叱咤するシーンなどに登場してファンを満足させてくれています。逆に総集編で新たに足したシーンのようなものはありますか?

石川:いわゆるオープニングが今までのものとは違って、尾石監督が新しく作ったものとなります。本編の方も少しずつ足してはいるようですが、特に見どころとして意識はしていないカットなので、見比べて気がつく人がいればそれで良いのかなと思っています。

――3部作は合計すると3時間36分ほどありますが、ここから1時間以上削った形になる総集編でも、観た時の印象はほぼ3部作の時のままで、なおかつ1本の映画を観た気にさせられます。

石川:そこはもう、尾石監督のディレクション力だと思います。センスですね。だから、前に全部観た人も楽しんでいただけると思います。

――音楽に関しては変更などは行ったのでしょうか?

石川:音楽は、半分以上が新作というか再収録したものとなります。編集するにあたってどうしても音の繋がりだとか、シーンの見せ方だとかが変わってしまうんです。そうしたところ所も意識して、改めて音を引き直そうと言って作業しました。尾石監督がいわゆる音響メモというようなものを作っていて、これは元の曲を生かせるとか、の曲をこういうふうにアレンジしたらいけるよねとか、もう新しく作った方が良いよねとか感じで、音楽の神前暁さん、音響監督の鶴岡陽太さんと3人で磨き上げていきました。

――劇場で繰り返し3部作を観た人なら、シーンと関連して浮かぶ音楽が少し違っているように感じて新鮮に思うことがありそうですね。

石川:そうかもしれません。ただ、元々あったプランを大きくは壊さないようには作ってはいるので、すごく面倒な作業と言いますか、TVシリーズだったら編集で済ませてしまうようなものも、改めてミックスしたりアレンジしたり場合によっては新たに録音したりした形なので、手触りは変わらないけれど新しいものにもなっている、といった感じです。

――全体の色調や映像の雰囲気も調整されたのですか。

石川:カラコレもグレーディングも全編通して行っているので、1本の映画として観る上で違和感がないものに仕上がっています。もともと『傷物語』はすごく特徴的な画面の色彩を持った作品です。そこで統一感を出すために、大きく手を入れていただきました。

――アフレコの方は?

石川:アフレコも改めて行っています。メインの4人、神谷浩史さん、坂本真綾さん、堀江由衣さん、櫻井孝宏さんに関しては、尾石監督の強いこだわりでアフレコをお願いしました。尾石さんはフィルムに関しては自分で躊躇なくカットできるけれど、役者さんのお芝居に対してハサミを入れるのには抵抗があると言っていました。ハサミを入れてしまうと、セリフを通して繋がっていた気持ちも切れちゃうような感覚があるんだと思うんです。そこも含めてメインの4人には、編集した箇所を中心に再収録させていただきました。尾石監督としても非常に重いお願いだったと思います。一度到達したと言いますか、登った高みにまた改めて登ってほしいというお願いを役者さんにすることに、非情に気まずい思いがあったようです。

――それでも、セリフを含めた統一感を出す上では必要なことだったということですね。役者の方もこの6、7年の間に得たものを乗せて演技できるようになった訳ですから。

石川:当時まだ描いていなかったシリーズもあって、2019年までTVシリーズをやっていたので役自体にも成長のようなものがありました。暦には、「ファイナルシーズン」を経て見えてきたキスショットなり忍野忍との関係といったものもあります。演じる神谷さんがそうした変化をどのように捉えていたのかは分かりませんが、観る側としては暦への解像度が上がった部分があるので、そうした意識で演技を見守るような楽しみがあります。

――音響に関しては、最先端の上映システムに合わせたリミックスのようなことは行ったのですか?

石川:音を録り直したことによって、鶴岡音響監督も含めて音もきちんと刷新しようということになって、ダビングを丁寧にやり直しました。効果音などは基本的に前と同じものを使ってると思いますが、今回録り直した神前さんの音に合わせて、きっちりと再ダビングしています。総集編の作り方ではないと思われるくらい贅沢にやっています。もともと96kHzでレコーディングを行っているので、音のレベルが非常に高いんです。あと、鶴岡音響監督が音楽家の楽曲性や作家性を大切にして、ベストな形で映画音楽として落とし込んでくれる方なので、前の3部作よりもこだわった音響に仕上がっていると思います。

――劇場で観てこそ楽しめる要素が、ストーリー面でも演技面でも音楽・音響面でも数多くある映画ということですね。

石川:劇場体験として、今回の『傷物語-こよみヴァンプ-』は大変に贅沢なものに仕上がっていると思います。あと、『傷物語』は、『物語』シリーズでも最初の話にあたるので、これまで『物語』シリーズを観たことがなかった方でも、劇場で観て面白いと感じて他の『物語』シリーズに進んでいける作品だと言えます。もともと観やすかった作品が余計よけいに観やすくなっているので、『物語』シリーズの入り口としてお勧めします。

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