2023年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】 業界全体に残る課題を考える

アニメーション映画は「表象から体感」の時代へ?

ーーそれでは、皆さんの考える“2023年の色”とも言える、2023年の作品全体の傾向を教えてください。

藤津:ここまで話に挙がらなかったけど、注目作だった作品は数多くありました。例えば映画『SAND LAND』『アリスとテレスのまぼろし工場』『北極百貨店のコンシェルジュさん』『駒田蒸留所へようこそ』。あと、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』とか『屋根裏のラジャー』も面白かったです。 そういう意味では、映画のために企画された作品で、力の入ったものが多かった。つまりアニメ業界に入ってきたお金をどう使うかというときに、テレビで作品を作るよりも映画をやったほうがメリットがあるんじゃないか、という選択肢がありえる状態なんですよね。景気が悪いとこうはならない。その結果で、個性的な作品がいっぱい出た年だと言えると思うんですよね。ただこれが配信ビジネスの盛り上がりがシュリンクしてきたら、どうなるかはわからないところですね。来年以降、2025年~2026年ごろの映画企画がどうなるか気になるところです。

杉本:注目すべき劇場用のアニメ映画は多々あったけど、“なかなか興行成績には結びつかなかった”というのが、正直なところです。『BLUE GIANT』と『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』あたりはその壁を抜けたのかなという印象ですけど、他は苦戦しましたよね。でも、この辺の企画をどう持ち上げていくのかは、業界全体で割と課題がまだ残ってると思っていまして。例えば『駒田蒸留所へようこそ』はF1層に刺さらないといけないんだけど、そこに届ける文脈がちょっとアニメ業界全体に少ない。 等身大の働く女性の物語ってテレビドラマではたくさんあって、それなりに人気あると思うのですが、多分そういう層に届けないといけない作品だったのではないでしょうか。

『駒田蒸留所へようこそ』©2023 KOMA 復活を願う会/DMM.com

渡邉:ヒロインがBL好きっていう設定はちょっとそういうニュアンスを出してますよね(笑)。

杉本:そうですね。ちょっとニュアンスを出したんですけど(笑)。でも、そこが作品で重要なポイントではないし、そこをプロモーションで押すのも違うし。

藤津:そう考えると、まだ見ぬ観客と今いる観客のどこに届けるかは課題かと思います。これは何年もずっと、アニメのオリジナル企画は常に言われていていたことでもあるのですが、成功例がすごく少ないんですよね。

杉本:例えば、『アリスとテレスのまぼろし工場』って、映画祭に出す話があってもいいですよね?

藤津:出してもいいタイプの映画だと思いますし、むしろそっちで強さを発揮するタイプだと思いますよ。とはいえ、 基本的には国内で回すことを考えていることが多いので、そういう、逆輸入パターンは限られているんですよね。その点『駒田蒸留所へようこそ』は、アヌシー国際アニメーション映画祭に持って行ってました。これは挑戦をしてよかったんじゃないですかね。

『アリスとテレスのまぼろし工場』の内容を徹底考察 “人間を描く”という岡田麿里の意識

アニメーション脚本家として多くのキャリアを積み、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』などの作品で知られている、岡田麿里。…

渡邉:私の中では、冒頭で出した「表象から体感へ」というフレーズに即して整理すると、今年は例えば『【推しの子】』『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』みたいな「体感」系とも言えるアイドルやライブをテーマにした新世代の作品と、『君たちはどう生きるか』といういかにも映画的な「表象」の時代のアニメーションという両極の作品がすごく印象に残りましたね。また、2022年のこの座談会を振り返ると、杉本さんの方から、新しい作家主義についてのお話がありましたけれども、今年もそういった意味で、 『アリスとテレスのまぼろし工場』などは非常に印象的な作品でした。冒頭の話に戻りますが、この10年でアニメのリテラシーや受容環境が大きく変わったことを、大学での若い学生との接触を通じて実感しました。アイドルアニメや推し活など、作り手の名前が意識されずにライブで盛り上がるタイプのエンターテインメントと、一方で宮﨑駿のような今ではクラシックとなった作家性のあるアニメとの間に、大きなパラダイムシフトがあったと言いますか。あとは、親子関係を含めた“継承”は一つのモチーフだったように思います。『君たちはどう生きるか』も、大叔父からの継承をめぐる話でした。『【推しの子】』『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』とか、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』もそうですね。

藤津:さっき話題に出た『駒田蒸留所へようこそ』も継承の物語ですしね。

渡邉:まさしく。

杉本:お2人の今のお話以外の部分で一点言うとしたら、人気の一極集中化はまた進行している気はしますよね。中堅どころの作品でも、非常にいい作品がテレビ含めてあったとは思うんですけど、 そこになかなか注目を集められていない。『天国大魔境』とか、素晴らしかったはずなのに。ディズニープラスだけでの配信だったせいもあるのか、 そこまでアテンションを取れなかった。このクオリティでこれだけの話題にしかならないのは、ちょっとショックです。

藤津:謎を追っかけていく原作で、アニメが謎の全貌を解明する前のところまでなのもカチっとはまらなかったのかもしれないですね。もったいない……!

杉本:その他、良質なアニメはたくさんあったんですけどね……。いかんせん、市場の飽和状態がずっと続いてるので。お金をアニメに出したい側が増えてきてることもあり、テレビ局も含めて、なかなか解消されそうにない点はちょっと不安です。

アニメーションにおける「倍速視聴」を考える

渡邉:そうですね。あと今年は、印象的だったことが一つありました。『映画を早送りで見る人たち』(光文社新書)でも取り上げられた「倍速視聴」が昨今のコンテンツ消費で話題ですが、この前、僕のゼミの3年生が『君たちはどう生きるか』の話をしている時に、「この作品は早送りできないですね!」って言ったんです。本質を突いているなと思いました。

藤津:早送りは難しいところですよね。知り合いで、ほぼ全部のテレビアニメを観てる人がいるんですけど、その人は早送りで観ています。多分気になったところだけ、丁寧に見ているんだと思うんですが。“チェックしてる”に近いかもしれません。

渡邉:“推しが出てくるまで早送り”で文脈が繋がる作品もありますが、仮に『千と千尋の神隠し』でそれやったらえらいことになりますからね。物語にまったくついていけない(笑)。

杉本:早送り問題は難しいですね。視聴者側としては、やる権利もあるわけなので。

藤津:早送りはしませんが、“ながら観”となると僕自身もよくやるんですけど、それはどうなるのかということもありますしね。

杉本:そういう意味でも、映画館という場所は僕はずっと守っていきたいところです。そういうことを一切できない、鑑賞に特化した場所があるのは、実は文化的に大変貴重なことだと思います。

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